僕など、本当にまだまだだ。偉そうな事を書いていても、実際は全然ダメだ。
もっと間伐したいし、もっとたくさん炭をやきたいし、山に炭も置きたいし、たくさんの木を挽いてみたい。
口先ばかりで、大した事をしていないのが現状である。
山で身体を使って働き、その素晴らしさを、僕自身の表情で伝えていきたいし、もっともっと仲間を増やしたい。
今、僕の頭の中にあるのは雪に覆われた原野だ。星野道夫さんの写真が頭から離れない。
この星を、子孫たちのために何とかしなければ。
いろいろな情報が飛び交い、何が正しいのかわからなくなる。
いろいろな人が無責任に口を挟み、どこへ行ったらいいのかわからなくなる。
誰もが、自信たっぷりなのに、いざとなれば無責任に逃げる。
そんな回りの流れに抗ってでも、僕は自分の考えている事をやり遂げたいのだ。
誰かの評価を気にしながら動き回る事だけはやめよう。
何年もかかるし、費用も必要になる。はしゃがず、真っ当に、目立たず、しかし確実に。
我が師杉浦銀治の言葉に「捨石になれ」とある。
銀治先生の師である岸本先生の言葉には、「功を譲れ」とある。
僕にはまだまだ先のようだ。そうなれるように意識はしているし、そうなれる自信もある。
そんな男に憧れているが、今の僕は、実際に目の当たりにする下品な大人たちに対して、真っ向からぶつかってしまう。
「功を譲る」どころか、人の手柄を横取りしておいて、自分だけを売り込んで、下品に高笑いする奴の姿に、腹を立てているのが事実である。
もっと男を磨き、下品で図々しい奴らに功を譲れるようになるのだろうか?
自然に関わる仕事をしていて、強く感じるのがここだ。何のためにこの仕事をしているのか?
自分自身に対して、それを問い続けていないと、大変な事になる。
僕の望みは、名も無き水守人だ。どこにでもいる平凡な山守人だ。
山の先輩たちの知恵を学び、それを自分のモノとして腹に落とし、それを誰かに伝える事。
自分が何かをできる事が偉いのではない。他人より優れているからと、自慢したところで子孫には続いていかない。愚直に自分の仕事をやり遂げる事を、何事もないようにこなす山男たち。
そんな当たり前の山男になりたくて、今日も明日も、僕はもがき続けるんだ。