原点

全ての源は「山」だと思う。
命の水を生み出すのが「山」だから。
そして僕は、その「山」を相手に仕事させてもらっている。
僕の場合、炭の原木をいただく場所である。大事な原料の調達場所。
炭にするのは、樫やコナラ、アベマキ、シデ、桜など。
いわゆる「里山」に自生している広葉樹たちだ。落葉広葉樹が多い。
自らの命を守るために、冬になると木々は葉を落とす。その葉には、光合成をした結果の養分がたくさん残っている。それが林床に落ち、母なる地球を根底から支えている微生物たちの食料となり、やがて土に還る。
その土は腐葉土と呼ばれる、空孔がたくさんあるフカフカの山土となる。スポンジのように水や養分を蓄え、それはその元になった落葉樹の命を育む。
微生物は分解者と呼ばれ、その数が多いほど、生態系ピラミッドの根底が安定する。微生物たちの有様が、そのピラミッドの頂点を高くする訳だ。
落葉広葉樹の20年生くらいを元で伐ると、翌年にはその切り株横から新芽を出す。ヒコバエだ。萌芽更新とも言われる。その営みは6~7回はできると言われている。
里山の木は、頂いてこそ、更新する。必要な分だけ、大切にいただく。
炭にしたあと、その窯で一番良くできた炭を、その切り株の土に戻すのが僕の流儀だ。ずっと昔から脈々と続いてきた、人と山との付き合い方。
「里山資本主義」って言葉がある。僕はその言葉が大嫌いだ。人間が上で、それ以外は全て、人間の営みのために利用してやるという魂胆が見えるから。
母なる地球を痛めつけ、その上、まだ搾取しようとするのか?
僕は無宗教だけれど、名も無き山に棲む神を信じている。
僕を含め、人間たちはその神を大切にしていない。
人間なんて、その最期を分解者に捧げていないのだから、食物連鎖に入れない。生態系ピラミッドからも弾かれる存在なのだ。思い上がりもいい加減にしないと、バチが当たる。
僕を含めてと言ったのは、僕自身も母なる地球を痛めつけている張本人だから。
車に乗り、携帯を使い、NETで情報を集め、化石燃料を使って木を伐っている。コンビニの弁当も食うし、ユニクロの服を着る。自然環境を語りながら、便利な世の中を利用している。

自分の中の矛盾と無情を毎日感じている。
山仕事だって炭だって、地球のためとか言っているけれど、本当はただ、自分がやりたいだけなんだ。
だから僕は、志半ばの半端者です。
けれど、これでいいと思ってるし、ここから逃げ出そうとは考えてもいない。死ぬまで、炭をやき、木こりと木挽きの毎日を、誰にも見られずに続けてゆこうと、静かなる
覚悟を宿しているわけであります。
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投稿者: 炭やき人

北三河木こり人、北三河炭やき人、北三河木挽き人

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