山の民の知恵と精神

僕が山仕事に必ず持ち歩く「割打:カンブチ」。土佐の両刃ヨキで、金馬斧とも呼ばれ、背中に焼き入れしてあって、金槌としても使える。枝払い、伐倒するときの矢を打ったり、鎹を叩いたりする。

この「カンブチ」にはもう一つ、重要な役割がある。

片側に三本、もう片側に四本の線が彫ってあるのだけれど、三本線の意味は、「酒」「米」「塩」を表す(三本なので「三酒:みき」とも)。山にお供えを持っ て上がれないので、道具にそれを刻み、願いを託してあるのだ。僕はこのカンブチを必ず持ち歩くので、弘法様で「生」を入れてもらって、伐る前にこれを立て かけて、山の神に手を合わせるんだ。時間に追われ、うっかりそれを忘れて仕事したとき、病院へ行くほどの怪我をした。それ以来、必ずお祈りするようにして います。

四本の意味は、土(地球)、風(空気)、火(太陽の光)、水を表す。この星を見守り、司る神々たちのこと。その四つの神が山の木を育ててくれる。
もう一つ意味がある。それは「身(三)を避(四)ける」危険から身を守り、安全に仕事を終えることを願う意味だ。

山で仕事するってことは、大地の恵みを頂くということ。自然相手の仕事なので、自在(自分の在り方)をきちんと意識していないと、命を獲られてしまう気がしている。山はそれだけ恐ろしい。あるがままを受け入れるしかない相手なんだけど、その中に入って「仕事」をするのなら、時には負けない気持ちで対峙しないと、大怪我をするか、本当に命に関わる危険な状況になってしまう。

木こりは、山(地球)に対し、絶対的な敬意を払いつつ、それを踏まえた上で、立ち向かわなければならない。

昔から、道具に神々とお供えを埋め込んで、それを持ち歩き、コトあるごとに、それを掲げて祈りと感謝を捧げる。山の民の知恵と精神。

機械化されて、スケールとスピードが求められる山仕事の中にあって(それが悪いとは思っていないけど)、僕は相変わらず一本一本木に触れながら、声をかけながら、ゆっくりじっくりと山と対峙してゆきたい。

この、三本・四本の意味は深く、それを持つ山師の行いは崇高であるべき。僕はまだまだ、そんなレベルには達していませんが、その精神をつなぎたい。

嵐の前、僕を囲んでいる山々に想いを馳せながら、地味だけど、このやり方で頑張ってゆこうと、静かに覚悟を宿しているのです。

投稿者: 炭やき人

北三河木こり人、北三河炭やき人、北三河木挽き人

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