カーボンニュートラル??

ツイッターで、「一次産業はカーボンニュートラルに貢献しているから、頑張る」って書いてあった。
「SDG’s」にしても、「カーボンニュートラル」にしても、流行りの耳ざわりのいい言葉だから使っているんだろう。政治家までも安易に使ってる。

そもそも、「カーボンニュートラル」というのは、CO2吸収と排出が相殺されてゼロになること。
つまり、木を燃やして出るCO2は、元々その木々があった森林に漂っていたCO2だった(光合成によって、CO2を吸収し、O2を排出し、Cは木が蓄える)ので、CO2の絶対量を増やしたことにはならないという意味。
今、流行りで言われている「カーボンニュートラル」というのは、CO2排出削減ということ。
木を燃やしても、地球上のCO2を増やしたことにはならないという事で、木を燃料として使う事は悪くないという、いかにも最先端の意識高い系の活動家が好みそうな話。
バイオマス燃料として、人工林の木々たちが取引されている。
それに対して僕は、ずっと強い違和感を持ってきた。燃やせば一瞬だけど、育つには何十年もかかる。それを考えると、複雑な気持ちになるからだ。

僕が請ける山は、ほとんどが人工林だ。誰かが植えて、育てた木々たち。
植えた人は、焚き物にするために植えたのではない。立派な柱や梁になれと、想いを込めて植えているんだ。

僕の仕事は、山の木を伐り、針葉樹は挽いて材木に。広葉樹は窯を焚いて炭に。最初から焚き物として扱ったりしない。

柱や梁、炭にしても燃やさなければ、炭素固定そのもの。自分が出している、化石燃料由来のCO2に関しては、相殺できている。

木を燃料以外で使うことで、炭素固定は進む。焚き物にするのは、最後の最後。コワ(木の皮が付いた部分)や、木っ端などのはずなんだ。
木(山の恵み)を頂いて、それを大切に使うことで、少しでも炭酸ガスの排出を抑えて、子孫から借りただけのこの星を大切にしたいと、年末の忙しい中考える。

せめて、山仕事で生きている僕たちくらいは、そんなことを真面目に考えるのもいいんじゃないかな。

投稿者: 炭やき人

北三河木こり人、北三河炭やき人、北三河木挽き人

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