自己紹介

北三河(豊田市北部から矢作川上流域)で山仕事しています

1962年(昭和37年)生まれの、小汚いおっさんです。列車運行管理システムのSEをしていました。
「頑固だが、楽天的なジジイ」になりたくて、大好きでやりがいのあるSEの仕事から、42歳で脱サラ。炭やきの修業を始めました。「頑固で楽天的なジジイ」になるためには、炭やき職人になるしかないと思ったのです。
SE時代はコンピュータに囲まれて、列車に信号を出すシステムを構築してきました。自分では最先端の仕事だと信じていました。ところが、木こりになって、相手が地球となった途端、「こっちの方が最先端なんだ」と確信したのです。
炭やきは師匠(故斎藤和彦)から教わりました。森林組合でのバイト、不本意ながらのNPOでの活動業務などを経て、豊田市旧旭町に、2010年にIターンしてきました。木こり仕事を請け、伐った木をユニック集材で出し、広葉樹は窯で炭にし、針葉樹は豊田市加塩町にある製材工場で挽いています。
炭をやくには、木を伐ることがスタートです。木こりとして仕事をしているうちに、人工林問題にも深く関わることになりました。
自分で伐って、自分で出して、自分で運んで、自分で作った窯で炭にして、自分で製材して、自分で配達するというスタイルです。
トレーサビリティの明確化が問われる社会ですが、僕の場合、自分自身がトレーサビリティです。炭にしろ、板にしろ、その切り株まで案内できます。
その強みを生かして「タチキカラ」というワークショップをしています。
ユーザーが家具や家を希望しているとき、僕が山に案内します。そして、ご自分の木を選んでいただく。その木を目の前で伐ります。伐る日は(伐り旬・新月期)の中で決めます。こちらの都合は二の次です。山のスケジュール優先です。
伐った木は、その木が育った森の中で「葉枯らし」します。スギで最低4カ月以上です。
丸太の状態が長いので、その間にどんな使い方をするのか、家具職人や設計士、大工を交えてデザインを決めます。
葉枯らしを終えた木は、山で玉伐り(デザインに基づき、長さを決定)します。
その丸太は、自社工場に運びます。そこで、その木をどう使うか、家具職人と大工と相談しながら板や柱にする木の割り付けを行います。これを木取りと言います。その後、その丸太を僕が製材します。ユーザーさんにはこの作業もお見せします。
製材した木材は、丁寧に乾燥させます。これは場合によっては一年くらいかかります。
葉枯らし+天然乾燥された新月期伐採の木材は、色が良く、香りも素晴らしく、歪みや狂いも少ないのです。
その後は、家具職人と大工の仕事に委ねます。
一本の木を、きちんと使うということだけです。特別なことではありません。
山の民として、ごく普通の仕事をして、それを淡々と続け、お引渡しいたします。それが「タチキカラ」です。
料金、納期、デザインなど、お問い合わせください。


北山耕平さんの 「モンゴロイドの末裔として、われわれが便利な暮らしを追いかけるなかでなにを失ったのか?」脳味噌に直接響くような問いかけだ。

森羅万象に命があり、石ころ一つにも神が宿ると考えるネイティブの思想に通じる。
大地に心があるという発想・・・自分以外の全てに感謝する心・・・それはマタギの魂にも見て取れる。
母なる大地という事なのだろう。自分は大地から生まれてきたという自覚みたいなものか?
この星が無ければ、自分たちは存在しないのに、自然に存在する物質全てによって生かされている(僕たちは地球に生かされている)だけなのに、母なる地球と父なる宇宙(そら)からの、自然の恵みだけが(地球に外から入ってくるエネルギーは太陽の光だけであり、それ以外は全て地球上で輪廻循環している)、僕たちを生かしてくれているのに、今の僕たちは食物連鎖の中に入る事すらできない。

僕たちがこの 星に対してできる事は、今までしてきた事を反省し、少しでもこの星にダメージを与えないようにする事だ。
地球が自ら再生していく様を静かに見守り、決して邪魔をしない事だ。
僕たち人間は、消費する事しかできない。
米や野菜を作るなどと言っても、結局この星の恵みを頂いているに過ぎない。
毎日山で過ごす僕が、自然の中で、より鮮明に感じる、何とも言えない居場所の無さがそれだ。
「自然の中の不自然」とでも言おうか。どんなに憧れても、僕たちは生態系ピラミッドの中に入れ ないんだ。
自らの肉体や生命を、他の命が生きる為に捧げる事をしなくなった僕たち人間は、生態系ピラミッドに入る事を許されないのだ。
その疎外感はきっと、環境を 壊して自分たちの発展しか考えてこなかった僕たちに対する無言のメッセージなんだ。
人間だけが突出して発達しているのではない。地球上で人間だけが孤立して いるのだ。
地球を含めた宇宙に、僕たち人間が「私はあなたのおかげで存在しています」と祈りと感謝を捧げても、宇宙(そら)は「それがどうした?その事実は私に対し、なんの義務感も生じさせない」と、冷たく言い放つだろう。

そもそも、「生態系」などと、人間が勝手に考えたしくみだ。山の生き物たち(大地も草も昆虫も鳥も・・・)は、自らのDNAに深く刻み込まれた、それぞれ本来の姿を全うする事だけを生きる目標にしている。

「生きること、死ぬこと」が仕事なんだ。死してなお、食物連鎖にその身を捧げる。自分が生きてきたその場所に命を繋ぐ。
人間も森羅万象の一部ならば、本来あるべき姿を全うする方法を考えたい。

不必要なモノに溢れた贅沢で便利な暮らしが「豊かな暮らし」なのか?

本当に「豊かな暮らし」とは何なのか?

勝っただの、負けただのつまらない争いと欲から身を引き、僕は名も無き山守・水守として暮らしてゆきたいんだ。金持ちにならなくても、有名にならなくても、人から褒められなくてもいい。

僕は小さなことを積み重ねる方法しか知らない、このどこにでもいる普通の男にできることは知れている。
けれど、僕はこの、小さな集落で死んでゆくと決めた。小さな洞の主として脈々と命を繋いでゆこうと決めたんだ。
こうやって、答えの出ない問いかけを続けてゆこうと思う。

しかし僕と言えば、書いていることとやっていることが一致していない。
毎日仕事で車に乗り、携帯電話を使い、こうやって、ネットを使って発信している。
仕事にしてもそうだ。チェンソーを使い、ユニックを動かし、金属製のワイアを使わないと仕事にならない。
全てを手作業に戻すことはできない。手作業では稼ぎにならないから。

遊びじゃないからこそ、便利な道具を使う。それを意識しているだけ、マシなんだろう。

大地をいたわる気持ちと、稼ぎのために、地球の資源を使ってしまっているという罪悪感、仕事の達成感と、自分で作った米を食うような、小さな幸せを一つずつ。自分なりのバランスで続けてゆくことしかできない。

それが僕のやり方です。