行き先は・・・

たてまえばかり気にする周りの有象無象が、下品な振る舞いをしていても、自分の仕事を黙々と続けようと思う。

お天道様は見ている。山の神はちゃんとわかっている。

僕の目指す場所は遠い。ずっと向こうにある。自由な旅人のようにそこを目指そうと思う。

僕を応援してくれる仲間たち。みんな近くには居ないが、勇気を与えてくれる。僕はまだ、志半ばの半人前なのだ。

少なくとも、月並みな目標からは足を洗った。オプティミストとして、一歩ずつ歩いてゆくんだ。

これから、まだいくつも波乱がありそうだ。それを考えるとワクワクしてくる。

やるべき事をやり終え、道を造ったら、身軽になって彷徨うんだ。

誰しも、神が与えた仕事を持っている。そこに気付き、そこに出向き、迷いながらでも、精進するかどうか?だと思う。

自惚れず、はしゃがず、独りで立つ。仲間は大切だけど、馴れ合うのはマイナスだと思う。自分を愛してくれる人を大切に、自分が愛する人を守りたい。

余計なものをそぎ落とし、多少の無理をして、いざというときには、全てのものを潔く諦めることだって有りえる。

それでも、理想を貫きたい。

地べたを這い回ってでも、愚直に前に進むしかないからね。

誰も見ていないと思っても、誰かはちゃんと見ていてくれるだろうし、お天道様はしっかりと見ているから。

男として自分に恥じる事の無い生き様を、自分自身に残したい。

雨の朝、やることはたくさんあるのに、できない苛立ちを抑えるのに、こんなことを書きました。

天気に左右される仕事だとわかっているのに、

結局天気に翻弄される。

まだまだです。

こんな日は、鉈研ぎます。

一番大切な思い

僕は以前から「流域思想」が大切だと思っている。
一本の川は、命を育み、モノを運び、あらゆるものを繋ぐ。流域は運命共同体である。上流で行われる行為が、下流に深刻な影響を及ぼす。特に、人と人のつながりが絡めばそれは顕著になる。
僕は名古屋生まれの名古屋育ちだ。木曽川の水で育った普通の都市住民だった。実家は庄内川のすぐ近く、濃尾平野で、ほぼゼロメートル地帯だ。
でも今の僕は、矢作川の上流に身を置き、山を何とかしたいという想いで毎日自分のできる範囲のことをしているつもりだ。何故矢作川なのか?その答えは明確に出ない。
大好きだったSEの仕事から離れ、山に生涯を捧げようと決めたのは18年前だ。誰にも相談せず、自分だけで決めた。たとえ誰かに相談していても、結果は同じだったはずだ。言葉は悪いが、山に関われて、自分自身の存在意義を自分の感性で確認できる場所なら木曽川でも、長良川でも良かった。それでも縁 あって矢作川に関わらせてもらっている。今ではすっかり、自分を矢作川流域人だと思っている。それは、この矢作川を取り巻く環境(山だったり、人だった り)が、僕にピッタリ合っているということ。
僕の原点である、段戸裏谷も矢作川源流のひとつだ。この18年で、大きく変わった部分、変わらなければならないのに、変われない部分、入れ替わり立ち替わりやってくる人々。都市から押し寄せてくる上っ面の「田舎志向」の人たちと、山村で地に足着けて朗らかに力強く生きている人たちの差は埋まらない。
僕は僕の立ち位置で、自分のできることを、自分のペースでやり続けるだけだ。誰かの評価など、我関せず。僕には、この背中で伝えなければならないことがある。それだけは自覚しているつもりだ。自分の立ち位置と居場所は自分の目で見つけて、そこに自信を持って堂々と根を張り、居続けるしかないんだ。
無愛想でも、礼儀は尽くす。どんな試練でも楽しんでしまえる器。そんな当たり前のオトコになりたいと、心から思う。

年明けて

明けましておめでとうございます。去年は激動の年でした。
今年は静かなスタート。実家で娘の笑顔を一年分見て、ジローの居ない正月休みを寂しく過ごし、コタツの住人からいつもの山の衆へ戻ってます。
やることが山のようにあるけど、一つずつ終わらせてゆこう。
正月休みの間に計算したお金のことは、愕然とする結果だったけど、命まで獲られることはないでしょう。

さあ、粛々と、愚直で、堂々と。還暦まで14カ月。
人生これから。ワクワクしかない状態。
体力は落ちてきてるけど、まだまだ動くこの丈夫な身体。一年、怪我の無いように気を付けます。

今年も終わり

今年も終わりかあ。いろいろあった年だった。過去経験したことのないくらいのお金が動いた年。一番心に残っている出来事は、ジローが旅立ったこと。何があっても、何が待っていても、終わるべくして終わるこの2020年。来年は今年の反動でお金に苦労しそうな年になりそう。当てにしていた仕事も来るかどうかわからない状況。まあ、どうにかなるでしょう。生活がギリギリなのは変わらないだろうから。コロナのことは、気を付けるしかなくて、なるべく人と会わないようにしている。世知辛い世の中だからこそ、頑固だが楽天的になろうと思います。本当に多くの人に助けられた一年。ありがとうございました。去年の怪我から生き延びたけど、後遺症は確かにあることも、来年、間違いなくやって来る苦労も、受け止めるしかないです。

いよいよ炭窯の準備

今日は午後からお客さんあり。もう10年以上も親しくしてもらっている牧田さん。
製材機移転は無事に済んで、問題なく稼働している。次は、僕の本業である(木こり・木挽き(製材)ももちろん本業だけど) 炭やきの稼働に向けての段取りになる。
木こりの知り合いはたくさんいる。
製材ができる人も何人も知っている。
ただ、炭をやける人はいない。
僕が最も時間をかけて修業したこと、僕が生涯を賭けて取り組む仕事が「炭やき」なんだ。火鉢で使える極上の炭。炎も煙も出さない、本来の本物の「炭」。
木こりや木挽きの代わりはたくさんいても、「炭やき」を代わってもらえる人は師匠しかいない。しかも、師匠はもうこの世にはいない。
つまらない事情で、4月から炭をやけていなくて、注文をいただいてもお断りしている状態。
新たに窯を打つ(構築する)場所はある(工場の敷地内)。
作れる人もいる(自分です)。
あと少しで時間もできる。
作らない理由を探す方が大変な状況である。もちろん、費用がかかる。材料を揃えるだけで、何十万もかかる。

そこで、

クラウドファンディングを立ち上げることにしました。


今日、牧田さんと一緒に来てくれたのが、製材機移転の費用を融資してもらった「コミュニティバンク モモ」の理事さんたちとモモの活動を支えている人。
その専門的な知識を持っている人が協力してくれることになった。詳しいことは、追々お伝えしてゆきます。

では、何故今「炭窯」を造るのか?それは僕の最も大切な生業だから。そして「炭」とは、「火の文化」そのものであること。
それをきちんと残し、継承してゆくため。これは、僕の「稼ぎ」の中心でもあり、まさしく「仕事」です。大げさに言えば、「炭」は日本人としての誇り。

木こりをしていても、木を挽いていても、僕は満たされない感情に気付いていたんだ。それは僕が大好きだったSEを辞めて、山に入った原点でもあるから。「炭やき」になるために修業したんだから。

本来ならば、自己資金で何とかする話だし、ずっとそう考えてきた。だけど、僕の代で全て終わらせるのなら、それでもいい。けれど「火の文化」をきちんと残したいと考えた時、せっかくネット環境があり、支援してくれる仲間もいて、発信の方法もある。ファンドを受けることも、発信の一つでもあると考えた。
モモから融資を受ける時も同じなんだけど、僕の本当の仕事は、僕の弟子とうか、若い衆(まだ出会っていないけれど)を一人前に育てること。その若い衆と出会うためのツールがファンディングであり、こうしたSNSでの発信なんだと思う。

僕自身、人前に出ることや目立つことは嫌いだ。市井の職人として、誰にも知られずに仕事をしていたいという気持ちも強く持っている。SNSで発信して、それに反応してくれる人は、広く浅くのタイプが多いことも知っている。

それでも、いつか目の前に現れる「若い衆」に対して、今発信すること。それも僕の大事な仕事の一つなんだ。
せっかく使えるツールやアイテムがあるのなら、それは使おう。

何よりも大切なのは、僕が本物であること。僕の背中を見て、この仕事をしたいと思ってもらえるような職人になること。

お金のことは難しい。でも、避けては通れない。今回、とても良い経験ができそうです。応援よろしくお願いします。

WEBマガジンに載りました

meetsあいちの山里 
こんな風に紹介されると照れ臭いけど、やはり嬉しいもの。まだ表記が間違っていたりするけど、「マガジン」と「サポーター 人工林と原生林ツアー」に載せてもらいました。山のこと、全力で僕が知ってることを伝えてゆきたい。昨日、定住委員連絡会議で旭支所に行った時、これのチラシで置いてあったのを見つけた。嬉しいやら、ちょっとビックリしたやら。三河の山里は素晴らしい。ミーハーな感じで来る人が大多数なんだろうけど、そんな人たちにも本物を伝えなきゃいけないと思ってる。師匠が僕に言った言葉が頭をよぎる。「いいか、人に伝えるってことは、想像以上に大変だし、人は興味持っているような顔しても、すぐに忘れる。まず、想いを100人に伝えること。その中の1人が興味を持ってくれるだろう。その1人が100人集まった時、その中の1人が一緒に頑張ってくれるだろう。だから、少なくとも1万人に自分の言葉で伝えなきゃいかん。俺がお前と出会ったようにね」と。

https://aichi-yamasato.jp/index.html

ヤマシゴト

山仕事をすると、不思議な感覚になる。多分、命の源に触れるからなのだろう。母なる大地と、父なる宇宙(そら)をつないでいるのが山の木々たちだ。大地に根を張り、その恵みである水と養分を吸い上げ、宇宙(そら)に向かって枝葉を伸ばし、唯一地球外から入ってくる太陽光エネルギーを取り込み、反応し、蓄える。その木々は、酸素を造り、毎年葉を落とし、寿命が来たときに、自らの身体を大地に預け、再び土を肥やす。その腐葉土だけが、本当の命の水を生み出す事ができる。命の水は、山が造りだすのだ。
僕たち人間が、どうあがいても命の水を造りだす装置はできない。悲しいけれど、人間にそのような能力は備わっていない。命の水を守るには、山を守るしかなく、山を守るには、山を守る人を守るしかないのだ。
人工林の間伐に精を出す僕だけど、なぜか取りつかれたように夢中で伐る。自分の居場所を見つけたような感覚だ。先人たちが植えてくれた木々だ。無駄にする訳にはいかない。今は間伐するしかないんだ。一旦人が手を入れた森は、人が手を入れ続けなければならない。自然の摂理を無視して植えてしまった人間の愚かさ。けれど、今はそれを議論している場合ではない。
日本中で今すぐに間伐を待っている森は600万haあると言われる。だから、間伐する。僕たちの世代は伐る世代なのだ。間伐したあと、その森はゆっくりと本来の姿に戻っていく。恐らく、7~80年先だ。僕が生きている間には結果を見ることはない。僕はそれをとっくに覚悟している。それが山を守ることになるのだ。金持ちになること、有名になることはとっくの昔に諦めた。諦めたというより、そんなこと、どうでも良くなったんだ。僕は心からこう思う。名も無き山守になりたい。ただただ、水を守る人になりたい。

日々の仕事

誰にも会わず、黙々と一人で木を挽くのはこの上ない幸せな時間。仕事があることがとてもありがたい。こうして仕事していると、いろんな事に感謝したくなる。大嫌いな奴にさえ、何かしらの感謝が生まれる。

自由な時間に自在を重ねて、自らを鼓舞しながら、ひたすらに働く。もちろん、完璧ではない。誰かに迷惑をかけながら生きている。それでも、自分にとって必要の無い相手なら遠慮なく背を向ける。己のしている事に責任を持つという、覚悟をして腹を括ったからできることだ。

貧乏だけど貧しくはないこの暮らし。
何も無いけれど、豊かな生き方を少しずつ実感している毎日。

それも、こうして仕事があるからこそ。さあ、まだまだ、たくさん挽かなきゃいけない。怪我しないように、穏やかに遠くまで行こうと思う。

大切な道具 カンブチ

昨日、ちょっと無理して東栄町から1車(やはり積載ギリギリ)運んだ。超強力な助っ人がいてくれて助かった。それでも、今朝、腰がヤバい。雨降りでもあるし、事務仕事して、そう言えばこの前山で、カンブチの刃沓(オレンジ色の刃をカバーするもの)を失くしてたこと思い出して、作り始めて、あまりに寒くてストーブ出して、ぬくぬくしながら作った。割打と書いて、「カンブチ」と読むこの道具。随分長い間、絶えず持ち歩いている。そろそろ柄を挿げ替えたい。両刃の小型斧で、これで枝払ったり、藪漕ぎしたり、木を削ったり、何でも使える。ちゃんと研いであるので、紙もすっと切れる。峰(背)には焼き入れがしてあって、玄翁の代わりに使える。山では矢を打つ時に使う。だから、「割って」「打つ」と書く。そして、この道具の最も大切な意味。それが、3本と4本の線だ。3本は「酒」「米」「塩」」を表す。つまり、神様へのお供えだ。山仕事に毎日、お供えを持って上がるのは大変だ(つまり、山に入ったら毎日、山の神に祈りを捧げるということなんだけど)。だから、必ず持ち歩く道具にそれを刻む。僕のカンブチは、弘法様で生を入れてもらっている。だから、これはお供えの代わりになる。この3本を伐る木に向けて、手を合わせる。それが山の神に対する礼儀だと思っている。4本の線は、「火」「風」「水」「土」を表す。「火」は、「日」。父なる太陽の光の事だ。「風」は空気。「水」はそのまま「水」。「土」は大地。母なる地球の事だ。この世を司る神だ。特に、木が育つ為に必要な神々なんだ。その「神」を、道具に刻む。これは、日本人の山岳信仰に通ずる。それを持ち歩き、絶えず「山の神」の存在を意識することが、山仕事を生業としている者たちを護ってきたはずだ。僕もその端くれとして、この「カンブチ」を持ち歩く。刃のあご部分は、自分で削ってこの形にした。これは、木を引っ掛けて動かす時に使う。重い木は鷹の爪や鳶口を使うけど、ちょっとした物を引っ掛けて動かすのに都合がいい。いつも身近に置いてある道具で、無いと落ち着かない。刃を保護しておかないと、切れなくなるから。鞘や刃をカバーするものは、それで誤って怪我をすることを防ぐ為というよりも、刃を傷めないようにする為だ。刃に金属が当たれば、当然刃こぼれする。それを防ぐ為だ。

目指す処

この一週間、僕が何故木こりになり、炭をやき、木を挽くのか?ということについて、3回も話をする機会があった。どれも初めて会う人たちに対して。
僕が全てを一人でやっていると言うと、「すごい!」と返ってくる。
流域の話をすれば「感動した」と言ってもらえる。
そのたびに、僕は何とも言えない気持ちになるんだ。
もちろん、相手は心底そう思ってくれているんだろうし、それは僕に対するリスペクトも含まれている。
おこがましい言い方になるけれど、そう言われるたびに、「俺の本当の凄さはもっと高い次元にある」って思ってしまう。
人知れず、誰も見ていないところで、職人として手を抜かないこと。それは誰かに語ることでは無いし、自分で自分を評価すれば、まだまだ、全くダメだ。
「すごい!」って褒められても、僕は自分のことを「普通のおっさん」だと思っているし、こんなことできて当たり前だし、特別な能力がある訳でもないって、本気で思ってる。
ただし、自分のしていることには自信ある。その自信は、誰かと自分を比べた結果の自信ではなくて、言ってみれば自己満足。自己中心的なモノの見方だ。まあ、それでいいと思ってる。
結局、自分を評価する他人の言葉など、参考程度にしておいた方がいい。他人の言葉で右往左往したくない。自分の評価は、自分でする。自分だけはごまかせないから、その評価は最も厳しい評価になるはずだ。それは誰でも同じだと思う。
「他人にどう見られるか?」ではなく、「自分がどうありたいか?」を全ての行動の根っこにしたい。外観や言葉使いは、他人に不快な思いをさせない程度でいいと思うんだ。
「流域思想」について話をした相手は、「感動した」と言ってくれた。
それだって、僕が独自に考えたことではなく、悠久の昔から脈々と、粛々と行われてきたこと。
僕は「世の為、人の為」とか、「世直し」、「世界平和」とか言うのが大嫌いなんだ。
究極の自分勝手だと思うんだけど、僕は自分がしたいことをして、それが結果的に誰かの幸せだったり、誰かの役に立つのなら、それが嬉しいとしか考えていないんだ。
「花は、ただただ、咲きたいから咲く。それだけのこと。それ以上でも、それ以下でもない」
自分自身が充実していて、満たされていないまでも、日々の行いに迷いなく、心身を捧げることができていれば良くて、大きな成功、高収入よりも、小さな成功を積み重ねることを続けたい。高く翔ぶことよりも、黙々と遠くに行きたい。
偏屈で厄介な性格だと思います。日々の仕事は生き物である木の命を奪い、その償いのような形で炭をやき、木を挽いてる。
今の僕には、そんな仕事しかできない。だけど、僕と同じ仕事は誰かにはできないんだ。それは僕の密やかな自覚と自信です。
人の目を気にしないと言えば、嘘になる。人から褒められたいし、承認欲求だってある。大切な人も、大切なモノもある。
けれど、偏屈なおっさんは、「誰とも戦わないけれど、誰にも負けない」と、ちっぽけな自分の存在を奮い立たせて進んでゆくのです。
今回話を聞いてくれて、素直に「すごい」と言ってくれた人たち、感謝しています。