立秋の夜

夜中の3時。寝苦しくて目が覚めて、シャワー浴びて、木酢液入りのお湯を浴びてサッパリしてから、外へ出てみた。

雲の合間に木星が輝いていて、ああ美しいと眺めていたらその視界の真ん中で大きな流星。

そうか、ペルセウス座流星群だ。十数分の間に4個見た。雲の上を星が奔る。神秘的。

よく見たら、もうプレヤデスがかなり高い位置まで登っていた。確実に、時は流れて、父なる太陽と地球の位置関係は、北半球の秋に向かっているんだなあ。

やりたいと思ったことは、例えやってみないと、どうなるか分からないことだとしても、やはりやろうと思うんだ。体制、体裁整えているうちに人生終わってしまうんだ。準備万端整えてからよりも、動きながら考えよう。いつもそう考えている。

宇宙(そら)を眺めていると、そんな前向きな考えになる。気づいたら、全体に薄雲がかかってきた。

だけど、何年も同じ場所から見ているこのそら。同じ日、同じ時間には必ず同じ位置に同じ星がある。雲で見えないのに、星座の位置はわかっている。

雲の切れ間にペガサスの四辺形。うっすらとカシオペア。そして、アンドロメダ。やっぱり、そこにあった。

何千年も、何万年も前から、同じ日の同じ時間には同じ星が見えていたはずだ。

普遍であり、不変なこと。これ以上の安心感はない。

曇っていて見えないのに、そこに必ずある。雲が切れたら、そこに現れてくれる。

日々の仕事はいろいろで、思いどうりには進まないけど、事業主として、利益が少なすぎて笑ってしまうくらいだけど、やっている事に、矛盾も不安も無い。

星々は、こんなちっぽけな人間たちのことなど、全く関係なくそこに存在している。

そんな立秋の夜。

何度でも、繰り返して言いたい

いくら浄化に贅を尽くしても、

 私たちは山が水を生むようには

 美しい水を生むことはできない

 とどのつまり、水を守るには山を守るしかない。

 そして、その山を守るには、

 山を守る人を守るしかない

  我が師匠、斎藤和彦の小屋に貼ってあった言葉より

僕の仕事(間伐)は、その結果を自分の目で見ることはありません。仕事の成果は、30年~40年後にしか現れないのです。

まだ見ぬ子孫に、当たり前の地球を残すことが僕たちの使命です。

一旦、人が植えた森林は、人が手を入れ続けるしかありません。それが間伐です。

間伐することで、林内に光を入れます。後は母なる地球に委ねます。地球環境を守りたいのなら、伐ったら見守るだけです。

人間が痛めつけた環境は、地球自身の自己再生能力で再生するしかないのです。

人間にはこの星を元に戻す能力などありません。治し方も知らないまま、壊し続けてしまったのですから。

たった百年の愚行は、この先何百年もかけて償っていかなければならない。

能力も資産も何も無い僕ができること。それは

「炭やきを通して、火の文化を守る」こと、

「山を手入れして水を守る」こと、

「間伐した木を挽き、「命の箱」を造り、きちんと使うこと」。

たったそれだけ。

僕が誇りを持って取り組む仕事です。

地球温暖化が人間の責任??

長い窯焚きだったけど、ようやく、今夜は工場に行かない夜。

夕方はヒグラシの声で包まれた。

そんな時、メッセンジャーで、「地球温暖化の昨今、山仕事は最も優遇されるべき仕事であり、異常気象を阻止し、SDGsとカーボンニュートラルにも貢献できる素晴らしい仕事です。つきましては、お話を伺いたい・・・・」と。

笑ってしまった。もちろん、返事はしないで消去し、ブロックした。その貴重な仕事を利用してビジネスに結び付けて儲けようとしてる奴らだ。

理系の端くれとして(これでも大学は物理科だった)、地球温暖化と異常気象が人間のせいだと決めつけている人たちの考えがわからないのだ。

産業革命以降、確実に地球の温度は上がっている。これは事実だ。データがそうなっている。

しかし、地球規模の気候に影響を与えるほど、人間には能力はないと思う。人の営みがCO2を増やす?大気中のCO2濃度って、0.03%しかない。それが増えようと、大した影響が無いはずだ。

地球温暖化って言うけど、地球そのものが暖まったり、冷えたりするのは日射による。夏至の後、1か月くらいで最も暑くなり、冬至の後、1か月で最も寒くなるのは、地球が蓄熱し、放熱している事のタイムラグなんだ。

たかが100年のデータ推移を見て、人間が出したCO2が温室効果を助長して、地球をすごく暖めているとは思えないんだ。

CO2が最もたくさんあるのは海水であり、海水温が上昇すれば、そこから放出されるCO2も増える。つまり、CO2が増えたから気温が上がったというより、気温が上がったからCO2が増えた。もちろん、化石燃料を燃やした事でもCO2は増えた。大気全体の0.01%ほどらしいけど。

この星は、数万年の横軸では温度上昇や下降を繰り返していて、それは地軸角度の変化などによる。氷河期もそうだ。

地球の歴史を考えず、政治的、ビジネス的に環境危機を叫びたい人たちにとって、産業革命以降の気温上昇は、都合のいい理由になる。長い時間軸で見なければいけない指標を、短い時間軸で見れば、どんな理由でも付けられる(これはある科学者が言っていたこと)。

僕は毎日、山の懐に居て、山そのものが大きな生命体だと感じている(それは圧倒的な数の微生物の存在)。そこで思う事は、この星(の生態系)はもっと強くて、人間ごときが影響を与えることなど無理だと思うんだ。そもそも、人間は生態系ピラミッドからは弾かれている存在だ。人間が絶滅したとして、ほんの僅かに地球環境は良くなるだろうけど、実際には何のプラスにもマイナスにもならないだろう。

SDGsなんて、ビジネスで儲けたい人が作った能書きだ。

「地球の笑顔が見たいから」などと、気持ち悪い表現をする環境活動家たち。地球はミネラルの塊だけど、泣いたり笑ったりしないでしょ。

まあ、何が言いたいかというと、僕はこの山村で、地に足着けて今までどうり、愚直に、寡黙に頑張ってゆきたいという事なんです。

温暖化すれば、異常気象が増えるというのは事実だと思う。ただ、それを自分たちの責任だと刷り込まれて、環境ビジネスで儲けている奴らを肥やしているだけという事もある。

僕の脳味噌では、どれが正しくて、どれが間違っているかわからない。今日書いたのは、あくまでも僕の私見です。

無駄なCO2は出さないように気を使うけど、結局、この星の事はこの星の上で回って完結する。

地球外から入ってくるエネルギーは、太陽の光だけ。その熱エネルギーだけが、地球を暖める。

それ以外の全てのものは、この星で生まれ、形を変え、また戻る。輪廻だ。

原子力だって、この星にある資源から作られる。

全ての答えは、山河にある。

偏屈な炭やきおっさんの戯言です。

無題

考え事をする時は、夜中だろうと工場に来ることにしている。仕事場は集中できる。増して、窯を焚いている間は更に。

考えるのは、今後の事。今の状態で満足している訳ではない。でも、これではいけないとも思っていない。事業を起こした以上、これで食っていくという当たり前のこと。ただ、僕は経営者として成功するというより、市井の職人としていい仕事をしたいと願う。

でもね、それは儲かっていない事の言い訳だってこともわかってる。事業主として、逃げているんだ。

そこには、地球温暖化とか、ウッドショックとか、いろんな事が確実に絡んできていて、そのどれもがパソコンのモニターからの情報。その情報が正しいかどうか、僕には判断できない。

そんな時は工場で窯を焚くか、木を挽く。そこにはリアルしかないし、手を抜けば、それは製品に現れる。

僕にとっての真実は、この手で考えた仕事の結果のみ。だから工場に来ると落ち着くんだろうな。

宇宙(そら)を見上げれば、雲の合間からデネブ。南の稜線にはアンタレスが沈むところ。滔々と流れる川水音は途切れる事がない。それがとても大事なことなんだとしみじみ思う。

一次産業に身を置く者として、理解不能な大きな自然の営みに翻弄されながら、その中で我を見つめて、自分を信じて動くしかないんだ。

やっぱり僕は、スパイクブーツで踏ん張って、絶対に勝てない相手に向かうことしかできない。伐った木と向き合い、その命を奪った者としての道義を貫くしかないんだ。

夜中、窯と向き合いながらそんな事を想う。

しかし、本当に経営者としてはダメなんだよな。伐採から搬出、運搬、製材、製炭、それを独りでやっているって、ちっともスゴイ事じゃない。何でも自分でやりたがる、厄介な性格のひねくれ者。

全て独りでやるという事は、自己評価を厳しくしていないと、それぞれの行程に甘えが出る。経費も曖昧に計算してしまう。誰かに託す事で、その直前の仕事には責任が生じるんだけど、次の行程も自分だとすると、結局いいかげんになる。お金も、自分だけが儲かればいいとなる。業界の発展など、考える余裕も無く、自分勝手な仕事に終始してしまうんだ。

でも、それがすごく悪いとも考えていなくて、結局僕は誰かの為にとか、地域の為にとか、そんな事よりも自分がやりたい事をしているだけで、結果的に誰かの役に立ったり、地域に貢献できるならそれが嬉しいというだけなんだ。

実生で育った広葉樹を相手にしていると、彼らの生き方にハッとさせられるんだよね。

彼らの仕事は「生きること」それ以上でも、それ以下でもないんだ。我欲にまみれた自分がとてもカッコ悪く感じる。

竹原ピストル聴きながら、山の工場で独り。いろんな事を考え、自分ができることを一つずつ。自分が持っているもので積み上げること。自分が持っていないモノを欲しがらないという修行は、まだまだ続きます。

写真は今の工場。樫が炭になってゆく過程の、すごくいい匂いに包まれていて、ずっとここで煙を眺めていたいと思ってしまう。

明日も現場なのに、ついつい長居してしまう。窯は健気に仕事をしてくれている。

ウエビナー講師について

今月の25日(水)と27日(金)、それぞれ17時より、zoom講座で話をさせていただきます。リスペクトするドイツの池田憲昭さん主催です。

申込者は、5日間オフラインで好きな時間に見られるそうです。

ズーム講師も初めてで、ウエブカメラ超しの出演も初めてです。

上手に話そうなどと思っていません。僕が見て、聞いて、嗅いで、触れて、腹に落としたことだけをお話します。

https://sustainable-wald.peatix.com/?fbclid=IwAR10QqP_l09UXJDenllr_bDyTbdPFMOZ9jY1Oo-gAinGCsM8CSmzZhpsuxE#

山と向き合う

もう、何年も前だけど、現場で嫌な思いをした。たまたま用事があってでかけると、平日だというのに6人の初老男性が作業していた。

僕が約一年前に伐ったたくさんの木(スギ・ヒノキ・マツなど)がキレイに片付けてあった。必要以上の片付け方にビックリした。

作業していたのは、CSRで町からやってきている大企業OBのおっさんたちだった。水源地にあるこの山を、都会の公園のようにしたいそうだ。苗木屋から広葉樹の苗を買ってきて植えると威張っていた。しかも、サクラ・モミジ・クヌギを植えると言う。その林にはアベマキやコナラはあっても、クヌギなど無い。元々そこには無い種を外から持ち込むということがどれくらい愚かなことかわかっていない。野生動物や風が運び込んだ種なら、淘汰されて生えてこない。違う遺伝子を持った苗木を植えてしまえば、その苗は育ち、光を遮られた本来の種が絶えてしまう。結果的に人が遺伝子操作を行ったことになる。

彼らは、人工林を天然林(のよう)にしたいと、落葉広葉樹をたくさん植えようとしている。それは再び人工林を作ってしまうということなのに、それさえも自分たちのエゴにかき消されてわからなくなっているようだ。

下草も必要以上に刈りこんである。実生で出ていた若木も刈られ、林床には何も無くなっている。遊歩道が作られ、一見キレイに整備されているけど、一年前に来ていた頃とは違う。植林されたヒョロヒョロの若木だけが立っている。ところどころ、太いヒノキが立っている。あれを混交林と呼べるのだろうか?僕の目にはとても不気味な景色に変わっていた。命の循環を感じない山になっている。

「それは生態系にとってマイナスですよ」と言ってもあのおっさんたちには理解できないようだった。

「2~30年放っておけば、必ずいい林になる」と言った僕に、「それじゃ意味が無い。俺は見られないじゃないか」と食ってかかる。

あきれた。こんな奴らが「森林保全」だとか、「里山の復活」だとか言い、本来その場所には無い種を持ち込んで、環境を壊しているのだ。自分たちが見たいから?自分たちの活動の結果をアピールしたいから?俺たちがこの山を造っているんだと威張りたいから?

切れないチェンソーを振り回し、やたらとエンジンを吹かす。無負荷であんなに回せばすぐに壊れるだろう。排気の匂いは、高負荷用ではない普通の2ストオイルだ。おまけに、立っている木を伐る知識や技術、道具は持っていない。(だから僕が依頼されて伐った)

きっと奴らの価値観は「他人からどう見られるのか?」なんだ。奴らの相手は、社会や世間なんだ。

少なくとも、僕はあんなおっさんにはなりたくない。地球を相手に、自分のできることを、コツコツと積み上げてゆきたい。

人工林の木々は、植えた人の想いが残っている。でも、間伐しなければその森が死んでしまうから、伐る。

天然林の木々は、そこに生きている命全てが必要としている。恵みを頂くことを感謝しつつ、伐らせてもらう。

日本の山林には、「埋土種子」が眠っている。針葉樹、広葉樹、いろいろだ。それらは、林床に光が入るのを何十年も待っている。人間たちが自分たちの都合だけで植えてしまい、手入れもせずに放っておかれた木々の根元で・・・

芽を出すのは、その林で何代にも渡って生きてきた種だ。何万分の一の確立で、光を浴び続けた固体だけが生き残り、生長する。寿命をまっとうすれば、倒れる。そして、次の埋土種子が芽を出すのだ。その繰り返しが森林(地球)の営みだ。人間が介入すべきではない神の領域なのだ。1サイクルは最低でも数百年。人間がその目で森の一生を見ることはできない。先祖から子孫にその思想が受け継がれ、それぞれの人たちは見守ることしかできないはずなのだ。

それでも、山の持ち主が自分の山をどうしようが勝手だ。人工林にして、木材として売って利益を生むのなら、それでいい。手入れをして、良い材を作り、それを出荷する。それが林業だからだ。

里山の恵みを頂くのもいい。全てをむしり取るような採り方をしなければ。

本来、山の恵みを頂くとは、自然の生長量を超さない範囲である。それは、全ての生き物が分け合うものだと思う。

あのおっさんたちは、それを知らないだけだと思うけれど、安直な自然保護をしている自分に酔っている。がっかりするような薄っぺらい大人たちだ。

あの山は、共同所有で、山に対するグランドデザインが絞り切れていないのも事実。だから、生半可な知識で入ってきてしまう。

ただ、僕はそれを教えるような立場でもないし、彼らには関わりたくもない。

思うのは、自然(地球)を人間が何とかしようとする思い上がりだけは慎みたいということだ。

アースデイ・・・

昨日はアースデイ。

今の僕にはあまり関係の無い事。一日、工場でナラを刻み、上木を作った。今日も同じ。

アースデイに積極的に動く人、実は苦手なタイプが多い。環境とか、自然とか、地球の話を上から言ってくる。正義の味方気どり。

山で暮らして、木を伐り、それを炭にしたり、挽いたりしている自分にとって、最も大切なのは地球であることは間違いない。むしろ、誰よりもこの星を大切に思っているし、実際に行動もしているつもり。

ただ、それを人に押し付けたり、導いたりすることが嫌なんだ。こうして発信している事も、「自分はこう考え、このように行動している」を書いているだけ。

昔から、自然農、ヴィーガン、マクロビには違和感持ち続けている。以前、NPOの手伝いでイベントのスタッフなどをした事もあるけど、そこで僕がコンビニ弁当を食っていたら、犯罪者扱いされた。そいつは自然素材の服を身にまとい、食い物に拘り過ぎてガリガリに痩せていた。自給自足を声高に説いていたそのおっさん。エネルギー問題、教育問題など、誰でも知っているような事を、いかにも意識高い体(てい)で演説していた。僕には薄っぺらい正義感しか感じなかった。

そして、そいつは満足げに、スマホを手にSNSに投稿し、車で帰って行った。

スタッフとして後片付けしながら、もうこんな仕事はしないと決めた。それもアースデイ関連の仕事だった。

お祭りやイベントなら、それでいいけど、本当にこの星の未来を憂うならば、日々の暮らしの中で少しずつ、積み上げてゆくものだし、それは誰かに自慢する事でもなければ、秘密にする事でもない。

それ以来、そっち系のイベントには行かないで、ひっそりと自分の仕事をする事にしたんだ。

大勢の人が集まるような会場で、上っ面の仲良しグループで群れ、無駄な時間を過ごすくらいなら、月の位置を意識し、山河の呼吸を肌で感じながら働きたい。

還暦過ぎの山仕事人は、今日も偏屈に磨きをかけつつ、独りで仕事をするのです。

炭窯完成

ようやく、炭窯が完成した。
未完成でも炭はやけていたんだけれど、あちこち補修しながら、やっと天井に土を被せ、それを均しつつ、焚いて暖めてる。これで、この窯でしっかりと炭をやきます。
クラウドファンディングで支援してもらって、耐火レンガや耐火セメントを買い、たくさんの人に手伝ってもらって、レンガ積んだり、天井のセメント打ちしたり。
今も焚いてますが、やはり過去最高の窯になっています。
この窯が煙を上げている様子は、何時間見ていても飽きない。
天井に土が乗って、炭窯らしくなった。
堂々たるものだ。
すでに、自らの意志を持って、熱を吸い、煙を吐いているようにしか見えない。
素晴らしい。

大師匠 逝く

昨日、伐採作業中に聞いた訃報。

僕の師匠の師匠であり、直接指導もしていただいた、杉浦銀治先生が先月亡くなられたと。90歳を過ぎた銀治先生も体調が思わしくないと伝え聞いていて、覚悟はしていた。

僕がまだSEだった頃、設楽の田峯へ炭やき修行に行っていた。それが師匠の斎藤和彦さんのところだ。

「三河炭やき塾」だ。その名誉会長が銀治先生だった。何度もお会いして、宮城へ車で行く時に、銀治先生のお宅へ迎えに行ったりした。

とてもとても大きな存在だった。細かい技術的なことよりも、もっと大きな思想を話して下さった。炭や木の事を皇室へ伝える役目も担っておられて、勲章も授与されていた。

たまに電話をもらって「杉野さーん。頑張ってるみたいだねえ。よかよか」と仰っていただいた。

達筆な手紙と共に、貴重な資料を送って下さったり、15年前に斎藤さんと僕で設計し、僕が現場を任された串原の日本一大きな炭窯。そのオープニングイベントにもメインの来賓で来て頂いてた。

今僕がここで山仕事をし、炭やきを生業としている事の、原点が銀治先生なんだ。

安城の出身で、矢作川を愛し、矢作川の上流に身を置いた僕を応援して下さった。ここに来た時、とても喜んで下さった。銀治先生が教えたたくさんの人の中でも、そこから生業とした人間は僕だけだと、銀治先生は優しく笑いながら話をして下さった。

一つの時代が終わった。ちょうど、僕が新しい窯を完成させたこのタイミングだった。もちろん、誰よりも見て欲しかったんだけど、ご高齢であること、コロナのことがあって実現しなかった。

覚悟はしていたけれど、とても悲しい事だ。

すぐに八王子へ行きたい気持ちもあるけれど、今はコロナの事もあって、ご迷惑だろうから我慢した。

窯を前に想うことは、銀治先生ほどの影響力は無いにしても、僕が次の世代へ「火の文化」を渡してゆかねばならぬと言う事だ。

あらためて、そんな事を心の奥深くで覚悟した。