ジブリパーク

リンク先の記事。このどちらも、タチキカラの工場から旅立った木々だ。義理兄安井聡太郎氏設計の保育園の園庭で、圧倒的な存在感を放っているのは、東栄町粟代神社のマザーツリー元玉。元で1m以上あった。芯が蟻に喰われて、消失していたので、ユニックで持ち上げつつ、20インチのハスクで玉伐りした。もちろん、園までは自分で配達した。子供たちが遊ぶ砂場の土留めとして使われている。また、写真の奥で立っているスギもそうだ。この池内わらべ保育園では、粟代のスギをふんだんに使ってもらっている。床板として、合計200坪近く。柱や上がり框など。全て、僕が挽いた木々たちだ。

2枚目はジブリパーク、どんどこエリア入り口ゲートだ。大工の中村さんから発注を受け、僕の工場で挽いた材だ。これも粟代神社の200年超えのスギ。その赤身だけを使った。どんどこ売店のカウンターと窓周り、下屋の柱、垂木、丸太桁など。

中村さんが親方で請けたジブリパークの仕事に、僕が挽いた木が使われているのは、とても名誉な事です。

ジブリパークについては、ずっとオフレコだったんだけど、ようやく解禁。
https://www.chunichi.co.jp/article_photo/list?article_id=577970&pid=2826480&fbclid=IwAR1AjgvgDqGci1AHchxeF5qR6Oe8A-u39TDucW6HHAnm-0FcHJfec4UgNFc

一本の木

昨日は義理兄である安井聡太郎氏(子ども建築デザインネットワーク )設計の、名古屋市内の保育園園庭にあったサクラに、次なる命を与える仕事。

50年間、園児たち、先生たち、地域を見守ってきたソメイヨシノだった。園の拡張工事に伴い、伐採されることになり、その伐採作業を依頼された。人のココロに寄り添う設計をする安井氏から園に対して、「このサクラをキッチリ使いましょう」と提案がされて、園長も当然、OKを出した。地に足が着いたストーリー。それを実際にどう使うか、打合せを重ねた。

当日の伐採は、相棒中條さんと二人で伐った。園の敷地角、フェンス、電線など支障もあった。樹上作業で枝を落とし、綱株の無い街中の伐採なので、ユニックで牽引しながら、ピンポイントで倒す伐採になった。園児や先生たちが見守る中、狙った場所に倒した。

素直に真っ直ぐな部分の無いサクラだった。構造材にはならないので、厚めの板に挽いて、目を見てから使用場所を決める。代わりの無い材だったので、挽くのは気を使ったし、元の一番太い部分では70cmあった。木挽きとしてもやりがいのある仕事だった。太い枝はもちろん、炭にする。木酢液も採って、それは園に差し上げようと思う。

枝部分は余すところなく使いたい。子供たちに喜ばれ、一人ずつに形で残したい。そこで、グリーンウッドワーク協会の名和さんに相談してみた。すぐに反応してもらって、園児たちに対し、ワークショップ形式で色鉛筆を作る事を企画。昨日名和さんは道具を持って加塩の工場まで来てくれた。生の木を使って、ナイフワークで木を削って仕上げてゆく工程に、以前は??って思ってた。仕事柄、木をキレイに乾燥させて、美しく(割れや反りを無く)使う事ばかり考えていたからだ。

名和さんから説明を受けて、なるほどと思った。これはこれで有りだ。轆轤を使った木地は昔からあった。

ナイフや小刀を使うには、乾いていない生の木の方が圧倒的に作業しやすい。

実際に僕も作ってみた。思っていたよりも、上手くできた。削り馬やクラフトナイフが欲しくなった。

この色鉛筆の作り方は、基本的にグリーンウッドワーク協会のコンテンツなので、興味のある人は問い合わせてみて下さい。僕の引き出しに入ったスキルではあるけど、それを勝手に公表したり、仕事に使う事は考えていない。

共感した部分として、僕は一本の木を伐ったら、余すところなく使う。それが、木に対する礼儀だと思っている。木こりとして、木の命を絶った事に対するケジメが、ちゃんと使う事だと考えるからだ。

炭やきの修行をしている時、伐ったら枝先まで全部使えと、銀治先生から指導された。

幹は割って炭の原木、枝も手首の太さまでは炭に、指の太さまでは上木(あげき)に、更に細い枝や葉っぱは焚き付けに。それが炭やきの美学だと。今でもそれは実践している。特に広葉樹は葉っぱまで使うようにしている。

針葉樹は、枝葉は基本的に山に置いて、土に還す。

ただ、僕の理想としては、枝葉も鋸粉も使いたい。

実際、僕はできるだけ工場へ持って帰り、窯の焚き付け、家の薪ボイラーの燃料、薪ストーブの燃料として、木っ端も製材コアも全て使い切る。

そんな思想が緩くシンクロしているような気がした。

単独でも、生の広葉樹を使ったグリーンウッドワークのワークショップは開催できます。その時は、名和さんに講師として来て頂こうと思ってる。

作品を作ることが目的ではなく、木を使う事を知ってもらう事が大切なことなんだ。

伐り旬の始まり

今日は秋分の日。毎年書いてる事だけど、父なる太陽と、母なる地球の位置関係において、今日が分岐点となり、太陽の光が届く時間が、届かない時間よりも短くなる。これは、あらゆる生き物に影響を与える。植物は光合成が減り、横方向の成長が緩やかになる(実際には、夏至を過ぎて一か月ほどで光合成は弱くなるので、(秋目)年輪ができ始めるんだけど)。太陽と地球、月の位置関係は普遍であり、最も神秘的。それは、暦、時計、動物のDNAと反応したすべての営みの基本となるからだ。

僕たちは考えて行動しているようで、実は無意識に、本能で動いている部分が多くて、その大元になるリズムは、宇宙の鼓動をダイレクトに身体に受けている反応なんだと思う。

僕は旧暦を意識していて、24節気を節目にしたいと思っている。その中でも、春分、夏至、秋分、冬至は特別な日。

そして何より、今日から伐り旬に入るという事。

今日から春分までの半年、身も心も山に入り込むシーズン。

ふと、想うこと

歳月は、元来、長久なものであるが、気ぜわしい者が、自らせきたてて短くする。

天地は、元来、広大なものであるが、心根の卑しい者が、自ら狭くする。

四季は、元来のどかなものであるが、あくせくする者が、自ら煩わしいものとしている。

始まりと呼ばれるものは、しばしば終末であり、終止符を打つということは、新たな始まりである。

終着点は、出発点である。

人は大きな目的をもってこそ、おのずから大きくなる。

若い人には若い日の花があるのと同時に、老いたる人には老人の日の花があるのだ。

これ、かなり前に読んで、メモしてあったコトバ。

還暦を過ぎ、衰えの実感は確かにあるけど、老いへの恐怖って、実はほとんど無い。

自惚れかもしれないけど、僕の未来は明るいし、俺はカッコイイ爺さんになってる。いい感じに枯れてゆきたい。

そうなるためには、たった一つ。自らに課すことがあるんだ。

それは

「誰とも戦わないけれど、誰にも負けない」

ってこと。

できない理由は、できる理由

「できない理由は、できる理由」って実感。

僕のもう一つの大切な仕事、自治区定住促進部部長として、移住から定住への長い道のりを、しっかりとサポートする事。旧旭町定住委員 定住委員会副会長として、旧旭町全体の定住に繋がるような動きをする事。

コロナの影響で、歯痒いくらいに動けていないけど、今は準備期間だと言い聞かせて、動きたい気持ちを我慢している。

たくさんの移住者さんたちが希望を胸に移住してきて、その中でもかなりの人が、夢破れてまた都会へ戻ってゆく。僕は移住者に対して、厳しいというか、地元地域の人たちの気持ちや思いを優先する。

しかし、目指すのは移住者が定住者として、穏やかに、普通に田舎で暮らしてゆくこと。

ある日突然、移住してきた人が引っ越すこともある。何故出てゆかなければいけなかったのか、地域の人たちにはなかなか伝わらない。噂程度の話しかない。

ただ、補助金を出している行政側には、理由を知る義務があると思う。そして、その「出てゆかねばならぬ理由(このまま住み続ける事ができない理由)」というのは裏返せば、それを解決することができれば、「出てゆかずに済む」という事になるはず。

僕が定住委員会などの会議で、行政へ要望すること、それは移住定住政策(豊田市はかなり積極的に動いてくれている)を進める中で、その「出てゆかねばならぬ理由」を、個人情報などの制約ギリギリのところで教えて欲しいと。

その理由を、地域で解決できるのならば、すればいい。移住者のわがままならば、それはスルーすればいい。

この手法は、危険もはらんでいる。それは、僕自身が若い衆にしてしまった事でもあるんだけど、不満や問題を聞いて、それを解決したら全て上手くゆくと自惚れる事。問題点を挙げて、それを解決する事は大事なことなんだけど、「問題は解決したんだから、もうお前は頑張るしかないぞ」と言う事。それは、相手を追い込み、逃げ場を無くし、結局何も言わずに逃げ出すしかなくなることがある。

世の中、そうそう上手くゆくものではない。思いどうりにはいかない。

ただ、僕個人については、「できない理由を裏返せば、それを解決する事によって、できる理由に変わる」という事は言える。

そして、今の僕の事業について言えば、結論はハッキリとしている。そう。「やるなら今しかねえ」のだ。

立秋の夜

夜中の3時。寝苦しくて目が覚めて、シャワー浴びて、木酢液入りのお湯を浴びてサッパリしてから、外へ出てみた。

雲の合間に木星が輝いていて、ああ美しいと眺めていたらその視界の真ん中で大きな流星。

そうか、ペルセウス座流星群だ。十数分の間に4個見た。雲の上を星が奔る。神秘的。

よく見たら、もうプレヤデスがかなり高い位置まで登っていた。確実に、時は流れて、父なる太陽と地球の位置関係は、北半球の秋に向かっているんだなあ。

やりたいと思ったことは、例えやってみないと、どうなるか分からないことだとしても、やはりやろうと思うんだ。体制、体裁整えているうちに人生終わってしまうんだ。準備万端整えてからよりも、動きながら考えよう。いつもそう考えている。

宇宙(そら)を眺めていると、そんな前向きな考えになる。気づいたら、全体に薄雲がかかってきた。

だけど、何年も同じ場所から見ているこのそら。同じ日、同じ時間には必ず同じ位置に同じ星がある。雲で見えないのに、星座の位置はわかっている。

雲の切れ間にペガサスの四辺形。うっすらとカシオペア。そして、アンドロメダ。やっぱり、そこにあった。

何千年も、何万年も前から、同じ日の同じ時間には同じ星が見えていたはずだ。

普遍であり、不変なこと。これ以上の安心感はない。

曇っていて見えないのに、そこに必ずある。雲が切れたら、そこに現れてくれる。

日々の仕事はいろいろで、思いどうりには進まないけど、事業主として、利益が少なすぎて笑ってしまうくらいだけど、やっている事に、矛盾も不安も無い。

星々は、こんなちっぽけな人間たちのことなど、全く関係なくそこに存在している。

そんな立秋の夜。

何度でも、繰り返して言いたい

いくら浄化に贅を尽くしても、

 私たちは山が水を生むようには

 美しい水を生むことはできない

 とどのつまり、水を守るには山を守るしかない。

 そして、その山を守るには、

 山を守る人を守るしかない

  我が師匠、斎藤和彦の小屋に貼ってあった言葉より

僕の仕事(間伐)は、その結果を自分の目で見ることはありません。仕事の成果は、30年~40年後にしか現れないのです。

まだ見ぬ子孫に、当たり前の地球を残すことが僕たちの使命です。

一旦、人が植えた森林は、人が手を入れ続けるしかありません。それが間伐です。

間伐することで、林内に光を入れます。後は母なる地球に委ねます。地球環境を守りたいのなら、伐ったら見守るだけです。

人間が痛めつけた環境は、地球自身の自己再生能力で再生するしかないのです。

人間にはこの星を元に戻す能力などありません。治し方も知らないまま、壊し続けてしまったのですから。

たった百年の愚行は、この先何百年もかけて償っていかなければならない。

能力も資産も何も無い僕ができること。それは

「炭やきを通して、火の文化を守る」こと、

「山を手入れして水を守る」こと、

「間伐した木を挽き、「命の箱」を造り、きちんと使うこと」。

たったそれだけ。

僕が誇りを持って取り組む仕事です。

地球温暖化が人間の責任??

長い窯焚きだったけど、ようやく、今夜は工場に行かない夜。

夕方はヒグラシの声で包まれた。

そんな時、メッセンジャーで、「地球温暖化の昨今、山仕事は最も優遇されるべき仕事であり、異常気象を阻止し、SDGsとカーボンニュートラルにも貢献できる素晴らしい仕事です。つきましては、お話を伺いたい・・・・」と。

笑ってしまった。もちろん、返事はしないで消去し、ブロックした。その貴重な仕事を利用してビジネスに結び付けて儲けようとしてる奴らだ。

理系の端くれとして(これでも大学は物理科だった)、地球温暖化と異常気象が人間のせいだと決めつけている人たちの考えがわからないのだ。

産業革命以降、確実に地球の温度は上がっている。これは事実だ。データがそうなっている。

しかし、地球規模の気候に影響を与えるほど、人間には能力はないと思う。人の営みがCO2を増やす?大気中のCO2濃度って、0.03%しかない。それが増えようと、大した影響が無いはずだ。

地球温暖化って言うけど、地球そのものが暖まったり、冷えたりするのは日射による。夏至の後、1か月くらいで最も暑くなり、冬至の後、1か月で最も寒くなるのは、地球が蓄熱し、放熱している事のタイムラグなんだ。

たかが100年のデータ推移を見て、人間が出したCO2が温室効果を助長して、地球をすごく暖めているとは思えないんだ。

CO2が最もたくさんあるのは海水であり、海水温が上昇すれば、そこから放出されるCO2も増える。つまり、CO2が増えたから気温が上がったというより、気温が上がったからCO2が増えた。もちろん、化石燃料を燃やした事でもCO2は増えた。大気全体の0.01%ほどらしいけど。

この星は、数万年の横軸では温度上昇や下降を繰り返していて、それは地軸角度の変化などによる。氷河期もそうだ。

地球の歴史を考えず、政治的、ビジネス的に環境危機を叫びたい人たちにとって、産業革命以降の気温上昇は、都合のいい理由になる。長い時間軸で見なければいけない指標を、短い時間軸で見れば、どんな理由でも付けられる(これはある科学者が言っていたこと)。

僕は毎日、山の懐に居て、山そのものが大きな生命体だと感じている(それは圧倒的な数の微生物の存在)。そこで思う事は、この星(の生態系)はもっと強くて、人間ごときが影響を与えることなど無理だと思うんだ。そもそも、人間は生態系ピラミッドからは弾かれている存在だ。人間が絶滅したとして、ほんの僅かに地球環境は良くなるだろうけど、実際には何のプラスにもマイナスにもならないだろう。

SDGsなんて、ビジネスで儲けたい人が作った能書きだ。

「地球の笑顔が見たいから」などと、気持ち悪い表現をする環境活動家たち。地球はミネラルの塊だけど、泣いたり笑ったりしないでしょ。

まあ、何が言いたいかというと、僕はこの山村で、地に足着けて今までどうり、愚直に、寡黙に頑張ってゆきたいという事なんです。

温暖化すれば、異常気象が増えるというのは事実だと思う。ただ、それを自分たちの責任だと刷り込まれて、環境ビジネスで儲けている奴らを肥やしているだけという事もある。

僕の脳味噌では、どれが正しくて、どれが間違っているかわからない。今日書いたのは、あくまでも僕の私見です。

無駄なCO2は出さないように気を使うけど、結局、この星の事はこの星の上で回って完結する。

地球外から入ってくるエネルギーは、太陽の光だけ。その熱エネルギーだけが、地球を暖める。

それ以外の全てのものは、この星で生まれ、形を変え、また戻る。輪廻だ。

原子力だって、この星にある資源から作られる。

全ての答えは、山河にある。

偏屈な炭やきおっさんの戯言です。

無題

考え事をする時は、夜中だろうと工場に来ることにしている。仕事場は集中できる。増して、窯を焚いている間は更に。

考えるのは、今後の事。今の状態で満足している訳ではない。でも、これではいけないとも思っていない。事業を起こした以上、これで食っていくという当たり前のこと。ただ、僕は経営者として成功するというより、市井の職人としていい仕事をしたいと願う。

でもね、それは儲かっていない事の言い訳だってこともわかってる。事業主として、逃げているんだ。

そこには、地球温暖化とか、ウッドショックとか、いろんな事が確実に絡んできていて、そのどれもがパソコンのモニターからの情報。その情報が正しいかどうか、僕には判断できない。

そんな時は工場で窯を焚くか、木を挽く。そこにはリアルしかないし、手を抜けば、それは製品に現れる。

僕にとっての真実は、この手で考えた仕事の結果のみ。だから工場に来ると落ち着くんだろうな。

宇宙(そら)を見上げれば、雲の合間からデネブ。南の稜線にはアンタレスが沈むところ。滔々と流れる川水音は途切れる事がない。それがとても大事なことなんだとしみじみ思う。

一次産業に身を置く者として、理解不能な大きな自然の営みに翻弄されながら、その中で我を見つめて、自分を信じて動くしかないんだ。

やっぱり僕は、スパイクブーツで踏ん張って、絶対に勝てない相手に向かうことしかできない。伐った木と向き合い、その命を奪った者としての道義を貫くしかないんだ。

夜中、窯と向き合いながらそんな事を想う。

しかし、本当に経営者としてはダメなんだよな。伐採から搬出、運搬、製材、製炭、それを独りでやっているって、ちっともスゴイ事じゃない。何でも自分でやりたがる、厄介な性格のひねくれ者。

全て独りでやるという事は、自己評価を厳しくしていないと、それぞれの行程に甘えが出る。経費も曖昧に計算してしまう。誰かに託す事で、その直前の仕事には責任が生じるんだけど、次の行程も自分だとすると、結局いいかげんになる。お金も、自分だけが儲かればいいとなる。業界の発展など、考える余裕も無く、自分勝手な仕事に終始してしまうんだ。

でも、それがすごく悪いとも考えていなくて、結局僕は誰かの為にとか、地域の為にとか、そんな事よりも自分がやりたい事をしているだけで、結果的に誰かの役に立ったり、地域に貢献できるならそれが嬉しいというだけなんだ。

実生で育った広葉樹を相手にしていると、彼らの生き方にハッとさせられるんだよね。

彼らの仕事は「生きること」それ以上でも、それ以下でもないんだ。我欲にまみれた自分がとてもカッコ悪く感じる。

竹原ピストル聴きながら、山の工場で独り。いろんな事を考え、自分ができることを一つずつ。自分が持っているもので積み上げること。自分が持っていないモノを欲しがらないという修行は、まだまだ続きます。

写真は今の工場。樫が炭になってゆく過程の、すごくいい匂いに包まれていて、ずっとここで煙を眺めていたいと思ってしまう。

明日も現場なのに、ついつい長居してしまう。窯は健気に仕事をしてくれている。