ウエビナー講師について

今月の25日(水)と27日(金)、それぞれ17時より、zoom講座で話をさせていただきます。リスペクトするドイツの池田憲昭さん主催です。

申込者は、5日間オフラインで好きな時間に見られるそうです。

ズーム講師も初めてで、ウエブカメラ超しの出演も初めてです。

上手に話そうなどと思っていません。僕が見て、聞いて、嗅いで、触れて、腹に落としたことだけをお話します。

https://sustainable-wald.peatix.com/?fbclid=IwAR10QqP_l09UXJDenllr_bDyTbdPFMOZ9jY1Oo-gAinGCsM8CSmzZhpsuxE#

山と向き合う

もう、何年も前だけど、現場で嫌な思いをした。たまたま用事があってでかけると、平日だというのに6人の初老男性が作業していた。

僕が約一年前に伐ったたくさんの木(スギ・ヒノキ・マツなど)がキレイに片付けてあった。必要以上の片付け方にビックリした。

作業していたのは、CSRで町からやってきている大企業OBのおっさんたちだった。水源地にあるこの山を、都会の公園のようにしたいそうだ。苗木屋から広葉樹の苗を買ってきて植えると威張っていた。しかも、サクラ・モミジ・クヌギを植えると言う。その林にはアベマキやコナラはあっても、クヌギなど無い。元々そこには無い種を外から持ち込むということがどれくらい愚かなことかわかっていない。野生動物や風が運び込んだ種なら、淘汰されて生えてこない。違う遺伝子を持った苗木を植えてしまえば、その苗は育ち、光を遮られた本来の種が絶えてしまう。結果的に人が遺伝子操作を行ったことになる。

彼らは、人工林を天然林(のよう)にしたいと、落葉広葉樹をたくさん植えようとしている。それは再び人工林を作ってしまうということなのに、それさえも自分たちのエゴにかき消されてわからなくなっているようだ。

下草も必要以上に刈りこんである。実生で出ていた若木も刈られ、林床には何も無くなっている。遊歩道が作られ、一見キレイに整備されているけど、一年前に来ていた頃とは違う。植林されたヒョロヒョロの若木だけが立っている。ところどころ、太いヒノキが立っている。あれを混交林と呼べるのだろうか?僕の目にはとても不気味な景色に変わっていた。命の循環を感じない山になっている。

「それは生態系にとってマイナスですよ」と言ってもあのおっさんたちには理解できないようだった。

「2~30年放っておけば、必ずいい林になる」と言った僕に、「それじゃ意味が無い。俺は見られないじゃないか」と食ってかかる。

あきれた。こんな奴らが「森林保全」だとか、「里山の復活」だとか言い、本来その場所には無い種を持ち込んで、環境を壊しているのだ。自分たちが見たいから?自分たちの活動の結果をアピールしたいから?俺たちがこの山を造っているんだと威張りたいから?

切れないチェンソーを振り回し、やたらとエンジンを吹かす。無負荷であんなに回せばすぐに壊れるだろう。排気の匂いは、高負荷用ではない普通の2ストオイルだ。おまけに、立っている木を伐る知識や技術、道具は持っていない。(だから僕が依頼されて伐った)

きっと奴らの価値観は「他人からどう見られるのか?」なんだ。奴らの相手は、社会や世間なんだ。

少なくとも、僕はあんなおっさんにはなりたくない。地球を相手に、自分のできることを、コツコツと積み上げてゆきたい。

人工林の木々は、植えた人の想いが残っている。でも、間伐しなければその森が死んでしまうから、伐る。

天然林の木々は、そこに生きている命全てが必要としている。恵みを頂くことを感謝しつつ、伐らせてもらう。

日本の山林には、「埋土種子」が眠っている。針葉樹、広葉樹、いろいろだ。それらは、林床に光が入るのを何十年も待っている。人間たちが自分たちの都合だけで植えてしまい、手入れもせずに放っておかれた木々の根元で・・・

芽を出すのは、その林で何代にも渡って生きてきた種だ。何万分の一の確立で、光を浴び続けた固体だけが生き残り、生長する。寿命をまっとうすれば、倒れる。そして、次の埋土種子が芽を出すのだ。その繰り返しが森林(地球)の営みだ。人間が介入すべきではない神の領域なのだ。1サイクルは最低でも数百年。人間がその目で森の一生を見ることはできない。先祖から子孫にその思想が受け継がれ、それぞれの人たちは見守ることしかできないはずなのだ。

それでも、山の持ち主が自分の山をどうしようが勝手だ。人工林にして、木材として売って利益を生むのなら、それでいい。手入れをして、良い材を作り、それを出荷する。それが林業だからだ。

里山の恵みを頂くのもいい。全てをむしり取るような採り方をしなければ。

本来、山の恵みを頂くとは、自然の生長量を超さない範囲である。それは、全ての生き物が分け合うものだと思う。

あのおっさんたちは、それを知らないだけだと思うけれど、安直な自然保護をしている自分に酔っている。がっかりするような薄っぺらい大人たちだ。

あの山は、共同所有で、山に対するグランドデザインが絞り切れていないのも事実。だから、生半可な知識で入ってきてしまう。

ただ、僕はそれを教えるような立場でもないし、彼らには関わりたくもない。

思うのは、自然(地球)を人間が何とかしようとする思い上がりだけは慎みたいということだ。

アースデイ・・・

昨日はアースデイ。

今の僕にはあまり関係の無い事。一日、工場でナラを刻み、上木を作った。今日も同じ。

アースデイに積極的に動く人、実は苦手なタイプが多い。環境とか、自然とか、地球の話を上から言ってくる。正義の味方気どり。

山で暮らして、木を伐り、それを炭にしたり、挽いたりしている自分にとって、最も大切なのは地球であることは間違いない。むしろ、誰よりもこの星を大切に思っているし、実際に行動もしているつもり。

ただ、それを人に押し付けたり、導いたりすることが嫌なんだ。こうして発信している事も、「自分はこう考え、このように行動している」を書いているだけ。

昔から、自然農、ヴィーガン、マクロビには違和感持ち続けている。以前、NPOの手伝いでイベントのスタッフなどをした事もあるけど、そこで僕がコンビニ弁当を食っていたら、犯罪者扱いされた。そいつは自然素材の服を身にまとい、食い物に拘り過ぎてガリガリに痩せていた。自給自足を声高に説いていたそのおっさん。エネルギー問題、教育問題など、誰でも知っているような事を、いかにも意識高い体(てい)で演説していた。僕には薄っぺらい正義感しか感じなかった。

そして、そいつは満足げに、スマホを手にSNSに投稿し、車で帰って行った。

スタッフとして後片付けしながら、もうこんな仕事はしないと決めた。それもアースデイ関連の仕事だった。

お祭りやイベントなら、それでいいけど、本当にこの星の未来を憂うならば、日々の暮らしの中で少しずつ、積み上げてゆくものだし、それは誰かに自慢する事でもなければ、秘密にする事でもない。

それ以来、そっち系のイベントには行かないで、ひっそりと自分の仕事をする事にしたんだ。

大勢の人が集まるような会場で、上っ面の仲良しグループで群れ、無駄な時間を過ごすくらいなら、月の位置を意識し、山河の呼吸を肌で感じながら働きたい。

還暦過ぎの山仕事人は、今日も偏屈に磨きをかけつつ、独りで仕事をするのです。

炭窯完成

ようやく、炭窯が完成した。
未完成でも炭はやけていたんだけれど、あちこち補修しながら、やっと天井に土を被せ、それを均しつつ、焚いて暖めてる。これで、この窯でしっかりと炭をやきます。
クラウドファンディングで支援してもらって、耐火レンガや耐火セメントを買い、たくさんの人に手伝ってもらって、レンガ積んだり、天井のセメント打ちしたり。
今も焚いてますが、やはり過去最高の窯になっています。
この窯が煙を上げている様子は、何時間見ていても飽きない。
天井に土が乗って、炭窯らしくなった。
堂々たるものだ。
すでに、自らの意志を持って、熱を吸い、煙を吐いているようにしか見えない。
素晴らしい。

大師匠 逝く

昨日、伐採作業中に聞いた訃報。

僕の師匠の師匠であり、直接指導もしていただいた、杉浦銀治先生が先月亡くなられたと。90歳を過ぎた銀治先生も体調が思わしくないと伝え聞いていて、覚悟はしていた。

僕がまだSEだった頃、設楽の田峯へ炭やき修行に行っていた。それが師匠の斎藤和彦さんのところだ。

「三河炭やき塾」だ。その名誉会長が銀治先生だった。何度もお会いして、宮城へ車で行く時に、銀治先生のお宅へ迎えに行ったりした。

とてもとても大きな存在だった。細かい技術的なことよりも、もっと大きな思想を話して下さった。炭や木の事を皇室へ伝える役目も担っておられて、勲章も授与されていた。

たまに電話をもらって「杉野さーん。頑張ってるみたいだねえ。よかよか」と仰っていただいた。

達筆な手紙と共に、貴重な資料を送って下さったり、15年前に斎藤さんと僕で設計し、僕が現場を任された串原の日本一大きな炭窯。そのオープニングイベントにもメインの来賓で来て頂いてた。

今僕がここで山仕事をし、炭やきを生業としている事の、原点が銀治先生なんだ。

安城の出身で、矢作川を愛し、矢作川の上流に身を置いた僕を応援して下さった。ここに来た時、とても喜んで下さった。銀治先生が教えたたくさんの人の中でも、そこから生業とした人間は僕だけだと、銀治先生は優しく笑いながら話をして下さった。

一つの時代が終わった。ちょうど、僕が新しい窯を完成させたこのタイミングだった。もちろん、誰よりも見て欲しかったんだけど、ご高齢であること、コロナのことがあって実現しなかった。

覚悟はしていたけれど、とても悲しい事だ。

すぐに八王子へ行きたい気持ちもあるけれど、今はコロナの事もあって、ご迷惑だろうから我慢した。

窯を前に想うことは、銀治先生ほどの影響力は無いにしても、僕が次の世代へ「火の文化」を渡してゆかねばならぬと言う事だ。

あらためて、そんな事を心の奥深くで覚悟した。

初窯は・・・

今日は朝から誰とも会わず、工場でひたすらに原木割り。

シングウの42インチ薪割り機がすこぶる調子いい。前の窯でも使っていたけど、あれは補助金で手に入れたものだし、自分の物では無かったから愛着も少なかった。

だけどこれは、クラウドファンディングで支援してもらったお金を半分、残りの半分は自腹で買った。

エンジンはミツビシ。いいオイル入れて、高いけどモリブデン添加剤も入れて、慣らし運転までしたエンジン。OHVの4サイクル、シングルの181ccだけど、低回転でよく粘るから割りやすい。

休憩は、やはりウッドガスストーブで甘いカフェオレを飲む。

そして、窯も冷えたので口を切って(焚口のレンガを外して)、中を見てみた。

初窯にしては上出来だ。

当たり前だけど、炭になっていた。焚き方もまだ改善の余地あり。

一つステージが上がった。

まだ雪の残る工場で、未来への確信を一つ、胸に刻む事ができた。

本当に幸せ者です。


時間泥棒

雪だ。けっこう積もった。

そして、今日の僕はすこぶる機嫌が悪い。

これから書くことは、人の悪口です。見たくない人はスルーして下さい。

いつものように、工場で仕事をしていた。木挽き仕事が一段落したので、おが粉を集めたり、挽いた材を整理したり、コアをまとめたり、掃除したり、窯は順調に冷めているので(窯のどこかに不具合があると、冷めずにどんどん灰になってしまう)、淡々とそれでもご機嫌に仕事をしていた。

そんな時、泥棒が来た。

盗まれたのは僕の時間。職人の時間を奪うということは、僕のお金を奪うのと同じこと。やって来たのは「時間泥棒」だった。

そのジジイは、断りも無く勝手に敷地に入って来て、図々しく僕の近くまでやってきた。「やっと会えましたね」というそのジジイ。

最初、地元の人かと思って「どちらの方ですか?約束してましたっけ?」と聞いたら、豊田街中に住んでて、森林ボランティアをしているトヨタのOBだと言っていた。

僕には、面識の無い人のところへいきなり来るという神経が理解できない。そのジジイは春に載せてもらった中日新聞を見て、その後で僕のホームページも見たと。それならば、事前に連絡ができるはずだ。

置いてあった僕のチェンソーの鞘を勝手に外して、刃を見たらしい。「さすがにいい刃だね。目立て教えてもらわなきゃ」と、笑顔で。

僕は「目立て教えますよ。一日3万円もらいますけど」と言った。そのジジイは「えっ?お金取るの?」だと。他にも、聞きもしないのに、自慢話(レベルの低い話だったけど)。その間、僕は何度も時計を見た。それは、そのジジイに自分が時間泥棒だと気付いて欲しかったからだ。その時点で僕はそのジジイの相手をするのが嫌になっていた。すると、そのジジイは僕の大切な製材機のレールに足を乗せたまま「人が話をしている時に時計を見るって、失礼じゃないかな?」と言った。僕はキレた。

「失礼なのはどっちですか?いきなりやってきて、勝手に入り込んで、職人の仕事時間を奪っておいて、そっちの方が何倍も無礼じゃないか?」と、言葉を選んで穏やかに言ってみた。もっと汚い言葉で罵る事もできたけど、妙に冷静にその哀れなジジイを観察してる自分がいた。

時々こういう事が起きる。実店舗で商売をしているならともかく、ここは危険な道具もあるし、ハイ積みしてある丸太は積んであるだけなので、崩れて下敷きになる恐れもある。

面識のある人ならともかく、興味本位で職人の仕事場へ入ってくるという行為は、不法侵入になる。

前の仕事場でも何回も何回もあって、そんな奴らは決して、炭を買ってくれたり、板を買ってくれたりしたことは無い。散々、質問されて、僕の貴重な時間を奪って、「いい話を聞かせてもらってありがとう」と帰ってゆく。今日のジジイも当然、手ぶらだったし、名乗ることもせず、一方的に自分の知識欲を満足させたいだけだった。

偏見かもしれないけど、大企業を定年まで勤め、定年後の自分探しをしているジジイたちに多い。その手は僕の大嫌いな森林ボランティアたちにたくさんいる。

金と時間はあるけど、礼儀やリスペクトを知らない。

僕はお客さんを大事にするけど、神様だとは思っていない。特に伐採など、自分ではできない事を依頼してくるのだから、立場は対等だ。たいていの場合、向こうが思っている金額よりも高い見積もりを出すことが多い。見積もり段階で値引きの交渉には応じるし、大儲けしようとは思ってないけど、決して安くすることがいいとは思っていない。

ところが、仕事が終わってから、何かと難癖をつけてきて、値切ろうとする奴らもいる。その場では何も言わないのに、後からグダグダ言う奴。

今日のジジイもそんな感じだ。きっと、あちこちに僕の悪口でも言ってるんだろう。

まあ、いくらでも言ってくれ。

何でもお金に換算するのは嫌いだけど、「時間泥棒」に奪われた時間とお金は戻らない。

若い活動家にもそんなタイプは時々いる。

せめて、事前に予定を確認してから来てほしい。

どんな事だって、メリットが無い事はしたくないんだ。メリットとは、お金の事だけじゃない。

毎日、熊手で小銭をかき集めるような暮らしをしている個人事業主です。ケチと言われようと、偏屈だと噂されようと、自分のケツを自分で拭かなきゃいけない。定年後の遊びに付き合っていられるほど、こっちには余裕は無いんだ。

本業 炭やき

僕の本業は炭やきだ。「炭焼き」とは書かない。炭焼き職人とは、炭火で料理する職人の事。僕たち製炭士は平仮名で「炭やき」と呼ばれる。
炭やきという仕事の中で、最も大切な道具。それは窯だ。
去年の春、クラウドファンディングで支援して頂いて、資金を集めて(足りない分は自分で出して)、資材を購入。「火の文化」を継承するために頑張りました。
窯の設計、施工は全て自分で行った。場所は僕が所有する工場の一角。
20年前に修行を始めて、師匠から窯の打ち方(作り方)を教えてもらい、あちこちで作ってきた。2年前まで10年以上使っていた窯もそうだった。煙の苦情で使えなくなったけれど、そこを管理している団体がポンコツで、早く縁を切って自分の窯を持ちたかったので、ある意味ベストなタイミングで追い出された。

耐火レンガ、耐火セメント、地元旭の赤サバ土、目地は耐火モルタル。
今まで積み上げてきた僕のスキルと勝負する気持ちで挑んだんだ。
炭窯だから、いい炭がやけて合格。しかし、火を入れて、窯が暖かくなる過程、煙の出方など。全て合格だった。
今まで使ってきた窯の中で最高に調子いい窯になった。

支援して頂いた方、本当にありがとうございました。

個人的な支援はずっと受け付けています。

ようやく初窯

今日から窯焚き。

他にもやる事が山のようにあるけど、今日だけは「北三河炭やき人」として、集中して窯を焚きます。

クラウドファンディングで支援してもらい、たくさんの人にレンガ積みとか、天井打ちとか手伝ってもらって、ようやく試運転を終えて、これが初窯になります。

榊野の横江ちゃんに祈祷してもらってから数ヶ月。
設計から大事な部分の施工は一人で頑張った。
特に煙道(ウド)作りは気合い入れた。

その甲斐あって、焚き口に火を入れてからすぐに煙突から引き始めた。第一段階クリアです。

さて、来週は窯焚きながら木挽きもやらなきゃ。

約2年ぶりの本業炭やき。煙突から出る煙に、新たなる決意と、これが僕の日常であることの喜びを噛みしめつつ、淡々と仕事しています。