いくら浄化に贅を尽くしても


                                                                   
「いくら浄化に贅を尽くしても

私たちは山が水を生むようには美しい水を生むことはできない

 とどのつまり、水を守るには山を守るしかない

 そして、その山を守るには、山を守る人を守るしかない」

もう、20年くらい前。師匠の小屋にある日、掲げられた言葉だ。師匠は、これを僕に読ませたかったんだろう。

師匠は黙って、僕に道を示してくれたんだ。

しかし、具体的な教えは無かった。自分のことは自分でやれと。

師匠は熱い人だった。本物だった。

僕の行動や言葉の中心には、この言葉がガッチリと根付いている。

炭やき、木こり、そして木挽き。全てがここに向かう仕事だと、それはもう信念みたいなモノで、

何で山仕事を選んだのですか?と聞かれたときの僕の答えがこれ。

おこがましいけれど、命の水を守りたい。

あの日、原生林の真ん中で、僕が魂に宿した、小さいけど、熱い炎。
僕が死ぬまで細々と灯し続けてゆく、決して消えない炎。

投稿者: 炭やき人

北三河木こり人、北三河炭やき人、北三河木挽き人

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