無題

地球に優しくされるために、一体何をすればいいのか?

みんな価値観が違う。

みんな方法が違う。

みんな想いや考えが違う。

少なくとも,

人はみな、自分のことしかわからないし、

自分のことしかできない。

僕は、それぞれの人は自分に対してのみ、

誠意を持って責任を果たせば良いと思っている。

だから、誰かと争って勝つことが目的ではなく、

自分が気持ちよく、最低限他人に迷惑をかけず、

誰とも戦わないけれど、誰にも負けないような、

自己満足といわれても構わないから、

たった独りでも構わないから、

孤高を貫いて、孤独を楽しんで、

自分で決めた仕事を黙々とやり遂げたいんだ。

あえて、何になりたいか?と問われたら

「定点」になりたい。

どこか山奥の、ひっそりとした場所。

母なる大地を踏みしめる。

山々に囲まれ、木々に抱かれ

父なる宇宙(そら)からは太陽の光が降り注ぎ、

満天の星たちに見守られ、

豊かな水音が聞こえ、確かな人の営みとして、

炭やく煙の甘い匂いに包まれるような、

季節の巡りを味わいながら、

毎年同じ時期に同じ情景に感動し、

山の恵みを頂いて質素に生きる。

父なる太陽と、月の巡りで月日を知り、星の位置を読んで時を感じる。

そして、大事なことほど簡単に、自分の感性で物事を決める。

迷ったら、7世代先の子孫に問うような、

そんな暮らしを送りたいんだ。

最期は、名も無き山守として、

どこかの水守として、

名も無き山の神にこの身を委ねたいと思う。

今はまだ邪心もあるし、お金に対する未練もある。

我欲を捨てきれないみっともない、自分がいる。

いつになったら、どこかの「定点」になれるのか。

いや、すでに僕はどこかの「定点」になっているのか。

彷徨いながら、宇宙(そら)に想いを馳せる。

実は、今住んでいる集落に永住しようと決めている。

生きている間はもちろん、死んだらこの集落のお宮さんに挨拶して、それからこの集落の裏山へ消えるんだ。僕が最後に暮らした洞で、僕はこの地の先祖の一人になる。

ここが僕の「定点」になるのかな。

それとも、永遠に浮遊するのかな。

森暮らし・・・

僕は恵まれている。ここ、旭の山村に空き家を借りて住み始めて5年。僕が目指す生き様、理想の暮らし方が段々と見えてきた。その暮らしは独りかもしれないし、誰かと一緒かもしれない。

僕は木こりだ。木を選び、伐るべき日に伐り、然るべきその時まで山で乾かし(葉枯らし)、その木を挽く仕事のイメージを基に木を刻み、丁寧に出す。

僕は木挽きだ。その木が生きるような形に挽く。生まれ変わった木々たちは、僕が生涯を過ごす家の部材になる。デザインや設計はプロの手を借りる。建築も、プロの手を入れながらも、可能な限り自分で。木を選ぶところから、家になるまで、自分のこの手を使うんだ。

派手ではないけれど、存在感のある家になる。そこには、土間があり、納屋のようなスペース。

土間にはいつも、大きな火鉢に炭火が熾きている。僕はその土間で過ごす時間が多くなるはずだ。

僕は炭やきだ。裏山には炭窯を打つ。炭やき職人の一番大切な道具を家の裏に造る。それが僕の一番やりたいことだから。必要最低限稼ぐために、他にもいろいろとやります。山の恵みを、山にあるエネルギーを使いつつ、あるようで無かったモノを造り出す仕事です。

僕が棲む家の細かいデザインやディテールはこれから。コンセプトは「炭やき・木こりの棲む家」。名付けて「木こりモジュールハウス」。
平屋で、越し屋根の北窓採光。小さくてカッコイイ家。柱や梁はしっかりと組む。木組みに拘りすぎないように、金具を使うのもOK。壁は板倉造りにするか、縦使いにするか。少なくとも、葉枯らししたスギをたっぷりと使う。床や壁は3寸使いで。断熱材がいらないくらいの家にしたいんだ。

その家は、モデルハウスになる。僕たちの仕事につなげたいと真剣に考えているし、準備も着々と進んでる。

小さくて質素だけど、密度の高い家。お金が無くても豊かな暮らしを紡げるような木の家。陽だまりいっぱいの家。

僕が選んで、伐って、挽いた木々たちを使う。それが誰かの「命の箱」になるって、僕も幸せだし、お金を出してそれを建てる人たちだって幸せになる。

家を建てる土地のまん前の田んぼを借りることにした。畑も借りる。できれば、自分の食べるもののほとんどを自分で作りたいと思う。流行や派手さとは無縁の、カッコよさとは正反対の、土とおが屑にまみれ、小汚い作業着と、炭の粉で真っ黒の顔。見た目は悪いけど、僕は誇り高く生きる。少なくとも自分が使うエネルギーを自分で獲る。

山の恵みを戴いて暮らすんだ。もちろん、電気は普通に使う。ネットや音楽の無い生活は考えられないから。水道は、できれば井戸を掘りたい。予定地の隅には、昔使っていた井戸の跡がある。掘ってみる価値はある。

ガスは最低限でいいから、カセットコンロで済ませたら理想的だ。仕事柄、煙道(くど)や竈(かまど)は自分で作れるし、パンとピザを焼く釜も作ればいい。いつも炭火が熾きている生活だから、それを種火にして、給湯と床暖房は今使っているボイラーで。メインの暖房も、今使っている薪ストーブだ。どちらの燃料も、自分で調達できる。山の時間に身を委ねて、自分たちのために食事を作り、火を熾す。それが日々の仕事。生きることが仕事であるような暮らしをしたいんだ。

僕はマクロビやパーマカルチャを否定はしないけど、傾倒もしない。基準は自分にあるし、自分の評価は自分でする。お天道様と山の神がしっかりと僕の生き方を見ている。それを胸に、堂々と生きてゆくと決めている。

そして大切なことは、それを僕が日々の暮らしで当たり前にすること。特別な能力も、資本もいらない。強くて柔軟なココロと丈夫なカラダを作ってゆけば、誰でもできる本当に豊かな暮らしなんだということの前例になればいい。地域の仕事もこなし、自分の食いぶちも確保し、質素だけれど笑顔で、自分の愛する人や環境を守ってゆければ、

それだけでいいんだ。それを続けるためには、稼ぎだって必要。そこもキッチリとやってゆきたい。

ヨソモノとして、地域のために貢献できることは、その地域の「夢」になることだそうだ。こんな僕が、誰かの夢や希望になれるとは思っていないけれど、前例として「あれならやれそうだ」くらいの身近な目標にはなれるかもしれない。

仕事と稼ぎの両立と僕の生き方、地域での暮らし方は全てシンクロしながら動き続けるから。地に足着けて、頑張ります。

今日も明日も・・・

僕など、本当にまだまだだ。偉そうな事を書いていても、実際は全然ダメだ。

もっと間伐したいし、もっとたくさん炭をやきたいし、山に炭も置きたいし、たくさんの木を挽いてみたい。

口先ばかりで、大した事をしていないのが現状である。

山で身体を使って働き、その素晴らしさを、僕自身の表情で伝えていきたいし、もっともっと仲間を増やしたい。

今、僕の頭の中にあるのは雪に覆われた原野だ。星野道夫さんの写真が頭から離れない。

この星を、子孫たちのために何とかしなければ。

いろいろな情報が飛び交い、何が正しいのかわからなくなる。

いろいろな人が無責任に口を挟み、どこへ行ったらいいのかわからなくなる。

誰もが、自信たっぷりなのに、いざとなれば無責任に逃げる。

そんな回りの流れに抗ってでも、僕は自分の考えている事をやり遂げたいのだ。

誰かの評価を気にしながら動き回る事だけはやめよう。

何年もかかるし、費用も必要になる。はしゃがず、真っ当に、目立たず、しかし確実に。

我が師杉浦銀治の言葉に「捨石になれ」とある。

銀治先生の師である岸本先生の言葉には、「功を譲れ」とある。

僕にはまだまだ先のようだ。そうなれるように意識はしているし、そうなれる自信もある。

そんな男に憧れているが、今の僕は、実際に目の当たりにする下品な大人たちに対して、真っ向からぶつかってしまう。

「功を譲る」どころか、人の手柄を横取りしておいて、自分だけを売り込んで、下品に高笑いする奴の姿に、腹を立てているのが事実である。

もっと男を磨き、下品で図々しい奴らに功を譲れるようになるのだろうか?

自然に関わる仕事をしていて、強く感じるのがここだ。何のためにこの仕事をしているのか?

自分自身に対して、それを問い続けていないと、大変な事になる。

僕の望みは、名も無き水守人だ。どこにでもいる平凡な山守人だ。

山の先輩たちの知恵を学び、それを自分のモノとして腹に落とし、それを誰かに伝える事。

自分が何かをできる事が偉いのではない。他人より優れているからと、自慢したところで子孫には続いていかない。愚直に自分の仕事をやり遂げる事を、何事もないようにこなす山男たち。

そんな当たり前の山男になりたくて、今日も明日も、僕はもがき続けるんだ。

流域思想

僕は以前から「流域思想」が大切だと思っている。一本の川は、命を育み、モノを運び、あらゆるものを繋ぐ。

流域は運命共同体である。

上流で行われる行為が、下流に深刻な影響を及ぼす。特に、人と人のつながりが絡めばそれは顕著になる。

僕は名古屋生まれの名古屋育ちだ。木曽川の水で育った普通の都市住民だった。実家は庄内川のすぐ近く、濃尾平野で、ほぼゼロメートル地帯だ。でも今の僕は、矢作川の上流に身を置き、山を何とかしたいという想いで毎日自分のできる範囲のことをしているつもりだ。何故矢作川なのか?その答えは明確に出ない。

大好きだったSEの仕事から離れ、山に生涯を捧げようと思ったのは13年前だ。誰にも相談せず、自分だけで決めた。たとえ誰かに相談していても、結果は同じだったはずだ。言葉は悪いが、山に関われて、自分自身の存在意義を自分の感性で確認できる場所なら木曽川でも、長良川でも良かった。それでも縁 あって矢作川に関わらせてもらっている。今ではすっかり、自分を矢作川流域人だと思っている。それは、この矢作川を取り巻く環境(山だったり、人だった り)が、僕にピッタリ合っているということ。僕の原点である、段戸裏谷も矢作川源流のひとつだ。

この10年で、大きく変わった部分、変わらなければならないのに、変われない部分、入れ替わり立ち替わりやってくる人々。都市から押し寄せてくる「田舎志向」の人たちと、山村で地に足着けて朗らかに生きている人たち。

僕は僕の立ち位置で、自分のできることを、自分のペースでやり続けるだけだ。

誰かの評価など、我関せず。

僕には、この背中で伝えなければならないことがある。それだけは自覚しているつもりだ。

自分の立ち位置と居場所は、自分で見つけて、そこに自信を持って居座るしかないんだ。

無愛想でも、礼儀は尽くす。どんな試練でも楽しんでしまえる器。そんな当たり前のオトコになりたいと思う。

僕の目標は、名も無き山守・水守だ。頑固で楽天的な炭やき爺なんだ。

望み・・・

僕 の喜びは、山仕事して、炭やいて、星空の下でその炭火を眺めること。自分で伐った木で風呂を沸かしてゆったりと入ること。自分で伐った木を薪ストーブで焚いて大切な人を暖めること。仲間たちと物々交換した野菜を食べること。僕の目標は、金持ちになることや、有名になることからは縁を切り、山の神の懐に 抱かれているのを感じながら静かに暮らしてゆくこと。僕の望みは、形あるものに執着せず、毎日消えてゆくものを大切にするような生き方がしたい。ということ。

大地に心があるという発想

久しぶりに、ネイティブアメリカンの本を読んだ。そこに書いてあった北山耕平さんの言葉だ。

「モンゴロイドの末裔として、われわれが便利な暮らしを追いかけるなかでなにを失ったのか?」

脳味噌に直接響くような問いかけだ。

森羅万象に命があり、石ころ一つにも神が宿ると考えるネイティブの思想に通じる。

大地に心があるという発想・・・自分以外の全てに感謝する心・・・それはマタギの魂にも見て取れる。

母なる大地という事なのだろう。自分は大地から生まれてきたという自覚みたいなものか。この星が無ければ、自分たちは存在しないのに、自然に存在する物質全てによって生かされている(僕たちは地球に生かされている)だけなのに、母なる地球と父なる宇宙(そら)からの、自然の恵みだけが(地球に外から入ってくるエネルギーは太陽の光だけであり、それ以外は全て地球上で輪廻循環している)、僕たちを生かしてくれているのに、今の僕たちは食物連鎖の中に入る事すらできない。僕たちがこの 星に対してできる事は、今までしてきた事を反省し、少しでもこの星にダメージを与えないようにする事だ。地球が自ら再生していく様を静かに見守り、決して邪魔をしない事だ。

僕たち人間は、消費する事しかできない。米や野菜を作るなどと言っても、結局この星の恵みを頂いているに過ぎないのだ。

毎日山で過ごす僕が、自然の中で、より鮮明に感じる、何とも言えない居場所の無さがそれだ。「自然の中の不自然」とでも言おうか。どんなに憧れても、僕たちは生態系ピラミッドの中に入れ ないんだ。自らの肉体や生命を、他の命が生きる為に捧げる事をしなくなった僕たち人間は、生態系ピラミッドに入る事を許されないのだ。その疎外感はきっと、環境を 壊して自分たちの発展しか考えてこなかった僕たちに対する無言のメッセージなんだ。人間だけが突出して発達しているのではない。地球上で人間だけが孤立して いるのだ。

地球を含めた宇宙に、僕たち人間が「私はあなたのおかげで存在しています」と祈りと感謝を捧げても、宇宙(そら)は「それがどうした?その事実は私に対し、なんの義務感も生じさせない」と、冷たく言い放つだろう。

そもそも、「生態系」などと、人間が勝手に考えたしくみだ。山の生き物たち(大地も草も昆虫も鳥も・・・)は、自らのDNAに深く刻み込まれた、それぞれ本来の姿を全うする事だけを生きる目標にしている。「生きること、死ぬこと」が仕事なんだ。死してなお、食物連鎖にその身を捧げる。自分が生きてきたその場所に命を繋ぐ。

人間も森羅万象の一部ならば、本来あるべき姿を全うする方法を考えたい。

不必要なモノに溢れた贅沢で便利な暮らしが「豊かな暮らし」なのか?

本当に「豊かな暮らし」とは何なのか?勝っただの、負けただのつまらない争いと欲から身を引き、僕は名も無き山守・水守として暮らしてゆきたいんだ。金持ちにならなくても、有名にならなくても、人から褒められなくてもいい。僕は小さなことを積み重ねる方法しか知らない、このどこにでもいる普通の男にできることは知れている。けれど、僕はこの、小さな集落で死んでゆくと決めた。小さな洞の主として脈々と命を繋いでゆこうと決めたんだ。

こうやって答えの出ない問いかけを、続けてゆこうと思う。

タチキカラ

タチキカラプロジェクト。「すまうと」の野木村さんと立ち上げたワークショップ形式のプロジェクトだ。
「立ち木」から、心暖まる家具作りまでを一貫して行う。まず参加者の人たちには、僕が請けている山に立っている木を選んでもらう。スギでもヒノキでもいい。それを、伐り旬の期間内で新月期(下弦~新月までの一週間)に僕が伐ります。参加者の目の前で、その木の命を頂きます。
その木は、ゆっくりと葉枯らしをする。秋に伐ったら、春までじっくりと。伐り旬とは、秋の彼岸から春の彼岸まで。その間は、木の成長がゆっくりになります。ちょうど、年輪の色の濃い部分を作っている期間です。旬で伐った木は、水分が少ないので乾燥が速く、木が軽いので仕事しやすいのです。
新月期に伐るとは、この地球上の生き物全ては月の重力の影響を受けており、特に植物は月の満ち欠けとシンクロしながらバイオカーブを描いています。
満月の頃は活発に、新月の頃はおとなしい。木は新月をピークに、澱粉が少なくなります。伐った木の木口を舐めると、満月の木は甘く、新月の木は甘くないのです。それはつまり、木に寄生する虫がつきにくくなるということ。
バイオカーブが下のピークなので、木材にしたときに、暴れにくい(反ったり割れたりしにくい)のです。
葉枯らしとは、木を伐ったとき、葉っぱを付けたまま、数ヶ月その場に寝かせておく乾燥方法です。木は葉っぱが付いていれば光合成を続けます。光合成とは、CO2を取り込み、酸素を放出しながら、炭素を蓄えること。その過程で、水分を蒸散させます。葉っぱから水分は出てゆくのに、伐られている木は根から水分を上げられないので、徐々に乾燥します。その時、ゆっくりと細胞の水が抜けてゆくので、割れたりしにくくなります。水分は抜けても、木の脂分は抜けないので、木の強度・艶・色が落ちないのです。
難点は時間がかかること、仕事の手間が増えることだけ。僕のように、個人で小さく展開している林業なら、それが可能です。そのように、一本の木を丁寧に、真面目に扱うこと。それが僕の信念です。
木は生き物。人工林のスギやヒノキは、誰かが植えた木。預かっている現場の木は、知ってる人が植えた木になる。だから、細くても、曲がっていても、その木をきちんと使うことが僕の使命だと思ってる。
葉枯らしを終えた木は、春に出します。それも、もちろん参加者の目の前で僕がやります。それを製材所に運び、やっぱり参加者の目の前で挽きます。
そんな木で、カッコよくて長持ちして、高い性能を持った家具を、参加者と一緒に作りたい。そんな野木村さんの言葉に惚れて、このプロジェクトがスタートしました。
現場は僕が間伐で入っている山。参加者には、その山で自分の木を選んでもらう。そして、その木を一本丸ごと使えるような設計をする。今回のプロジェクトで最大のメリットは、一流のデザイナー、木質構造エンジニア、家具職人である野木村さんがデザインすることです。参加者それぞれの希望に合わせて、プロのデザインが行われる。
製材した材は、1年寝かせます。それを木工所に運んで、テーブルや椅子に加工する。木こり・木挽きが「立ち木」から、家具職人が「長年一緒に暮らす家具」を作り出すこのプロジェクト。プロがべったり。じっくりと寄り添って、一緒に作り上げてゆきます。
参加費は材料費込み。最終的には、家具を買うのと同じくらいの金額に設定されていて、決して高くないはずです。

自由と自在

山で独り、今後の段取りを考える。今(2014年10月9日)は満月期なので木を伐ることはなくて、いかに効率良く葉枯らししてある木を出すか?に考えを巡らせるんだ。

こうやって、自分で段取りして、自分で動いていると、「自由」を感じる。だけど、いわゆる「自由」とは少し違う感覚なんだ。

僕は「自由」であるよりも、「自在」でありたいと強く願っている。

「自由」も「自在」も似た言葉なんだけど、違うと思う。

これは僕の個人的な考えなので、それを前提に読んで下さい。

「自由」は「お金」で買える。「お金」があれば、好きな処に行けて、好きな処に住み、好きなモノが食える。時間だって、お金があれば得られる。都会の真ん中で暮らしていれば、お金さえあれば、いつだって、欲しいモノが得られる。

「自在」は、自ら存在すること。お金ではなくて、自ら自分が生きてゆくために必要なモノを造り出すことだと思う。例えば、自分と家族の食べ物を自分で作る こと、自分たちが使うエネルギーを自分で何とかすること。自分たちが暮らす家を、自分たちで建てること。もしも完璧な自給自足が存在するのなら、それこそ が「自在」だと思うんだ。

簡単に語れることではないし、田舎暮らししていたって、お金は必要。現金収入が無ければ、生きてゆけない。

ちょうど、「稼ぎ」と「仕事」の関係にも似ているような気がする。

僕なんて、まだまだ、どちらも半人前。「自由」も得ていないし、「自在」に生きていない。

その狭間でもがいたり、じっとしたり、諦めたり、気持ちを奮い立たせたり、考えたり、あえて考えるのをやめて、無心で動いてみたり。

僕が自在にしていることなんて、ホントに知れてる。せいぜい、毎日の風呂と暖房に使う薪を買わずに済んでいることくらい。

家を建てる土地と、田んぼと畑は確保した。これからは、少しずつ、住と食を「自在」に得られるようにしてゆこう。

それでも、「衣」は「自在」にはならない。ネットやユニクロで安くて丈夫な衣類を買うことになりそうだ。毎日の山仕事ではチェンソーを使い、ガソリンを焚 き、オイルを撒き散らす。車で移動するし、ディーゼルのユニックで木を寄せて積み込んで運ぶ。200Vのモーターを回して木を挽く。炭をやくにしても、原 木を運んで、自分が移動するためには機械を動かさなきゃいけない。

それらを維持するためには、「稼ぎ」が必要。

僕みたいなフツウのオトコが、誰かの役に立ちたいと願い、自分のできることから、自分のできる範囲で始めたこと。仲間にも恵まれている。

僕の仕事や生き方を見て、「自由」でいいね。と言ってもらえるけれど、自分の好きなことで食っていくって、とても大変なことなんだ。「自在」な部分が少なければ少ないほど、苦労が多い。

だからこそ、僕の「自在」を増やしてゆきたい。

誰にも迷惑をかけず、静かな山村でひっそりと、名も無き山々に囲まれ、それぞれの山に棲む神に見守られ、お天道様に見守られ、ちっぽけで貧弱だとしても、堂々と「自在」に生きてゆきたいと、心から願い、それを目標に少しずつ動いています。

間伐について

山を相手にするということは、地球を相手にすることです。僕ら木こりは、山に絶対の畏敬の念を払いつつ、山から資源を頂かなければなりません。超えてはならない一線を意識しつつ、立ち向かってゆくことに、仕事の喜びがあります。

間伐は、その結果を自分で見ることの無い仕事です。

伐ってから数十年後でないと、本当の効果が見えないからです。

間伐することで、林に光が入り、埋土種子が待ちかねたように芽を出し、潜在的な(その場にあった種)植生に推移するのに、長い時間がかかるからです。命の水を生み出す山に戻るのには、僕の時間で言う一代では無理なんです。

「治し方も知らないのに、壊し続けてしまった」

地球を元に戻す能力は、残念ながら人間には与えられていません。母なる地球そのものの、自己再生能力でしか、再生しません。それは人間の時計では計れない時の流れが必要になります。

内山節さんが言われる「稼ぎ」と「仕事」が存在するならば、間伐は「仕事」なんです。

「この地球は子孫から借りただけもの」ですから。

ちゃんとした形で返すのが僕たちの仕事だと思ってます。

一旦、木を植えたら、手入れをし続けなければなりません。

針葉樹だろうと、広葉樹だろうと、人が植えれば「人工林」なのです。

間伐材というランクの木はない

「間伐材」ってランクの木はありません。僕は「間伐」を仕事で請けます。間伐した木を出して、挽いて、製品にします。その木々は立派な「木材」です。「間伐」は施業の一種であり、木の品質を示す言葉ではない。今まで、何度も聞いて残念だったのは「間伐材って、山に転がってるからただでくれるんでしょ?」って言葉。確かに、小径だったり、曲がってたりする。それらの木だって、何十年か前に誰かが苗木を背負って山に入り、穴を掘って植えた木。一本一本、丁寧に。「いい柱になれよ」と願いを込めて。仕事で淡々と植えた人もいるのだろうけれど、田植え機で田植えするのとは違い、一本ずつ手で植えられている。全ての「木」に、植えた人の思いが篭っている。僕がやっている「間伐」というのは、「保残木」と「将来木」を決めて、それに対して伐った方がいい木を伐る。「太くていい木」でも、「細い将来木」に悪影響があると思えば迷わず伐る。「何割間伐だから何本伐る」じゃないんだ。その山の何十年か先、いや、何百年先、何世代も先のことを考えてデザインする。そして、できる限り、伐った木を出す。太くて真っ直ぐな「いい木」も、細くて曲がっている「おぞい木」も、同じ「木」なんだから。「おぞい木」だって、山の恵みだから。製材を始める前は、「間伐」した木を出してトラックに積んで。市場へ出していた。市の土場に着いて、受付して、グラップルで降ろしてもらって、はい積みしてもらう。その時点で、間伐した木かどうかなんて、わからなくなる。そこに積まれているのは「伐採した木材」。細かったり、曲がっていたり、太かったり、真っ直ぐだったり、目が詰んでいたり、アテが入っていたり。そこに存在する価値観は、その木一本一本の価値。ランク付けだ。つまり「いい木」か「良くない木」か。「木」そのもののランクで値が変わるのが当たり前。「間伐材」だからと、一くくりで「安くて悪い材」というのは有り得ない。「間伐材の有効利用を!!」ってキャンペーンが打たれる。それは安くて大量に出る材ってことが前提になってることが多い。建築用材もあり、バイオマス利用あり。結局、山から安く買い叩くことで、企業が儲けるしくみだ。大企業を儲けさせるために、国が補助を出す。山側に入るお金は限りなく、ゼロに近い。普通にやっていれば間違いなく赤字。「間伐材のバイオマス利用で、林業が活性化する」なんて、有り得ない。立米あたり、3万円くらいで買ってくれたら、何とかなるだろう。集成材がもてはやされ、山の木が根こそぎ持っていかれる。それだって、国の補助を受けて作った大企業の巨大工場を稼動させるため、山から安く木を持ってゆく(立米数千円だ)。接着剤まみれの、換気扇を24時間動かさないと暮らせないような木材を作るため。僕はそんな大きな流れに乗って儲けようなんて、思わない。小さな仕事でも、一本一本の木の価値をきちんと出して、ちゃんとした価格で出す。僕が拘っている 旬、新月期伐採・葉枯らし・自社製材・天然乾燥 のスギ材は、立米15万くらいで出します。そうでないと、木こりが木こりで食えない。補助金もらわないと成り立たないっておかしい。大きな林業家からは鼻で笑われるようなことかもしれない。だけど、価格を決めるのは一次生産者でなければならないと思うんだ。国の根幹を支えるのが第一次産業だと信じている。相場に左右されたり、安いのが正義とばかりの中間業者が決めた価格ではなくて、山側が、補助金をもらわなくてもやってゆける価格を考えたら最低でも立米15万なんだ。しかも、僕は伐って・出して・挽いて・運ぶ。極力、全部自分でやることでコストを抑える。伐り時、初期乾燥(葉枯らし)に拘ることで価値を高める。当たり前の企業努力をした上で、山の恵みを頂くという、謙虚な気持ちと、植えた人に対する思いを形にしてゆきたいんだ。「間伐材」って安易に使うようになったのは、林野庁から降りてきた補助金申請の文言。つまり、山側で使い始めた。自分たちの首を自分たちで絞めてしまった。今からでも遅くないので、僕たちは「間伐材」という言葉を使わない。間伐した木を、一本一本の「木」として扱ってゆきます。