昼飯の帰り道、何気なく安部恭弘聴いてたら、「川は海を目指す」って歌詞に惹かれた。
僕が木こり、炭やき、木挽きになろうとしたのは、真面目に水源地の山河を守りたいからだ。
山が命の水を産み出す場所だから、僕はそこを仕事場にしたかったんだ。
大いなる海の水は蒸発し、風に乗って運ばれ、山肌の上昇気流で雲になり、山に降り注ぐ。
その水は、天然林ならたっぷりの腐葉土に染み込み、何年も何十年もかけて、沢に集まり、川となって海を目指す。
その動きは、重力によって引き寄せられる、母なる地球の真理である。
決して抗うことのできない、大きな力に身を委ねるということ。その中で、自分ができることをすれば良いのだ。
その輪廻のような繰り返しが、森羅万象の命を繋ぐ、それは命の水だ。
地球上の水の絶対値は変わらない。それこそ、宇宙の真理だ。
ふと、そんなことを想う、真夏日の山村から。