市井(しせい)の・・・

市井(しせい)という言葉がある。僕は名も無き職人の魂だと理解している。金・地位・買名。それらの欲を抑え、ひたすらに自分の仕事をやり遂げること。誰かに評価されることを期待せず、徹底的な自己評価によって仕事を全うする姿勢。
市井の炭やき・木こり・木挽きになりたいと心から思う。
僕が目指すのは、名も無き山守。日々消えゆくものを愛おしみ、大切にするような生き方。自分がどうありたいか?だけを自らに問い、例え独りきりでも、堂々と、悠々と進むんだ。
誰も見ていないからこそ、美学を貫くような、そんな生き様を貫いて、僕は頑固で楽天的なジジイになりたい。
そして、できるのなら、最後に関わった山にこの身体を捧げてから星になりたい。
けど、現実はそうはいかない。欲を捨てきれず、人に認められたがり、怒りを抑えきれず、みっともない姿を晒している。せめて、自分の過去に爪を立て、明日に向かって吼えたいんだけれど・・・・

ゴジラとガメラ

58年かけて、ゴジラとガメラ全作品を観てきた。大好きなんだ。なぜこんなにゴジラとガメラが好きなんだろうって考えてみた。最初のゴジラは恐怖の権化、戦争の深い傷跡が残る人たちに、人間がそれを抹殺できることを描いていた。実はガメラも同じだ。ゴジラもガメラも、最初は(僕が生まれる前)恐怖の象徴として描かれ、次に人類の味方としてちょっと軽薄な感じに。それはそれで、子供だった僕の心を掴んだ。ゴジラもガメラも、単独で現れる映画は恐怖の悪者として、対になる相手のいる時は絶対に負けない、強さの象徴。単なる娯楽映画とか、ヒーロー物とは違う、何か惹かれるモノがあったことは確かだ。この年齢になっても、まだ観たい。ゴジラもガメラも、平成になる直前くらいから、明らかに路線が変わってきた。というより、戻ってきた。ストーリーはよく練られており、理論や現象に破綻は無い。

映像はリアル。特撮やCGは徹底的に造られている。

要は、大の大人たちが寄ってたかって、真剣に仕事をした結果なのだ。ウルトラマン世代の僕にとって、それがたまらない魅力なんだ。

「自然」というのは大きくて、厳しい存在である。種としての人類の命など、何のためらいも無く奪う。それをゴジラやガメラに投影して描いてる。それは、映画監督たちのインタビューなどでハッキリしている。今回のゴジラは、それらの集大成であると同時に、エンターテイメントとして、次につなげている。見事に。人類が地球にダメージを与えた結果(例えば核の乱用)生まれた脅威と戦う正義の味方を描いていながら実は、ゴジラやガメラが本当に戦う相手は、地球に対しての脅威である。つまり、これ以上人間たちが地球に対して良くないことを続けたら、今度は僕たちが潰されるという刷り込み。それは子供たちの方がより、潜在意識に刻まれるだろう。調子に乗りすぎていると、恐ろしい怪物が襲ってくるから、正しいことをしなさいという教えだ。今回のゴジラも同じだった。監督のインタビュー記事で、とても興味深い言葉があった。「自然というものが再び王冠をかぶっている世界。人類はふたたび自然に従属する存在にならねばならない」大地(土)・空気(風)・太陽光(火)・水 これらが無ければ、生きてゆけない。作り手が、真剣な想いを込めて描いた怪獣映画だ。それを理解した上で、もう一度映画館で観てこようと思う。一次産業に身を置く僕だ。環境に対しての配慮もしなければならないし、僕なりの、「自然」に対する「畏敬の念」や、「環境」を大切にしたいという気持ちも大切だ。

石油製品や、電気、水道も無ければ生きられない。太陽の光以外は、全て地球の恵みだ。

やっぱりそこをしっかりと心に留めて、山と対峙したいと思う。大好きなゴジラやガメラに潰されることの無いように。

木に対する想い

https://www.youtube.com/watch?v=7kHZ0a_6TxY


人間は、山に対してもっと謙虚になる必要がある。木は移動して逃げることができない。そこにいて立ち向かうだけ。
 僕の師匠は大きな木のような人だった。「木は偉いぞん」が 口癖だった。一旦根を降ろしたら、とことん、そこで生き続ける。何十年も。何百年も。僕もそんな「木のような人」になりたいんだ。この動画。パタゴニアが作ってるから、それを前提で観てみる。
「木は会話する」のスーザン・シマードさんが出演されている。愚直な観察と深い考察。明瞭な解説。冒頭からドライでアカデミックな話に引き込まれる。途中、日本人の残念なコメントに少々ガッカリしながら。
僕は木を擬人化して、「木はあなたを嫌いとは言わないから」などとは言いたくない。木や山は、そんな存在ではないと思う。もっともっと崇高で、人間なんか比べることもできないくらいの存在だと思う。
同列に並べるなんて、おこがましい。僕は原生林のガイドもするけど、毎回楽しみにしていたミズナラがあった。僕はそのミズナラに会いに行ってたんだけど、そのミズナラは僕のことなんて相手にもしていないんだ。圧倒的な片思い。絶対的に届かない距離。
それは人間が木と付き合う前提だと思う。森を造るだとか、森を再生する、山を管理するなんて、そもそも無理なんだ。それは神の領域です。
人が植えた木を、人が伐って利用するくらいしかできない。あと、多少の天然木を頂く。その他の植物は、人間のためにあるのでは無い。今日の午前中、僕が所有する(固定資産税を払っている)足助の山(2町歩)で、市有林との境界調査に立ち会った。約50年前に植林されたスギとヒノキの人工林。急な斜面に岩場だらけ。ここでも木は会話しているのだ。
僕の山も、設楽町の原生林も、この動画に出てきたブリティッシュコロンビアの森も、全部同じだ。山には神が棲む。どんな小さな山の頂にも、神は棲む。そして僕たちを見守っている。

この動画は、そんなことを考えさせてくれた。特に、20分過ぎのスーザンの言葉は深く染みる。映画アバターでも描かれていたような、大地そのものが叡智であるということ。毎日山の懐で暮らす僕だけど、もう一度、もっと静かに、深く山と対峙しようと思ったのです。https://www.youtube.com/watch?v=Bh7-y5KGxDQ&
feature=share&fbclid=IwAR3CIuwVeQq75iRKjcQISfl4cvmzN0TT_JsL7Nq-Fv-xMrC4Pe6VA8TMLG0�youtube.com『treeline(ツリーライン)』:パタゴニア静かに、辛抱強く、生き存える木々は、地球に住む私たちが知る最長寿の生命体です。彼らは避難所や燃料を提供してくれる仲間であり、ときには神のような存在で…

ホンモノ・ニセモノ

随分前、僕がまだジネッタを所有していた頃だ。たまたま、猿投グリーンロードのパーキングで、古いジネッタと遭遇した。同じ車に乗る者どうし、すぐに話が始まった。その時「これはホンモノですから」と、自慢げに言うそのおっさん。僕が乗っていたのは、リ・プロダクトモデル。1962年にデザインされたその「G4」という車は、一度生産打ち切りになった。その後、同じ生産者が、昔の型を使ってもう一度、1996年に造り直した車だった。もちろん、僕のも「ホンモノ」だったんだ。
そのおっさんは、1965年のモデルだと言っていた。オリジナルに忠実で、ピカピカに磨き上げられていた。走り方もゆっくり。「スポーツカーは走ってナンボでしょう。サーキットとか行かないんですか?」と聞いた僕に対して、「そんなことしたら車が痛む。売るときに安くなっちゃう」と。
僕は、オリジナルを尊重しつつ、自分で手を入れていた。それは、サーキットを気持ち良く全開で走れるような手の入れ方。アクセルを踏んでいる方が安定するタイプのマシンだった。当然、走るために生まれてきた車だ。だから、僕はサーキットに通っていた。おっさんは、投資対象として、自分の車を見ていた。だから、そんなおっさんに自分の車を「ニセモノ」扱いされても腹は立たなかった。同じ車を所有していても、価値観が全く違う。だからそれは良い悪いじゃなくて、単に違うということだから。
そのおっさんも、僕も正しい。そして、どちらの車も「ホンモノ」なんだ。
「ホンモノ」と「ニセモノ」の違いって何だろう?
車で言えば、レプリカモデルというのがある。中身は違うのに、外観を作り変えて、「ホンモノ」に近づける手法だ。たいていの場合、すぐにバレる。
僕は、それだって「ホンモノ」でいいと思ってる。その車のオーナーが、憧れている車は手に入らないけど、外観だけでもそれに近づけて大切にしたいと願うんだ。そのオーナーにとっては「ホンモノ」である。機械としての能力だって、車に関しては、オリジナルのノーマルよりも、レプリカでチューニングした方が良くなることはある。
人も「ホンモノ」はある。僕の周りにも明らかに存在する。
僕が見た「ホンモノ」たちはみな、目つきがいい。総じて、外観には無頓着だけど、不潔感は無い。そして、そのほとんどが職人と言われる人たちだ。自分と誰かを比べて「良い・悪い」を判断しない。あくまでも、自分の中に価値基準があって、それを守るんだけど、融通を効かせて、柔軟に対応している。
自信に溢れているから優しい。しかし、頑固だ。
僕もそんな「ホンモノ」になりたい。まあ、なりたいと思っているうちは、まだまだ「ホンモノ」では無いということ。それはハッキリと自覚している。
僕が炭やき職人になろうと思ったのは、誰かに憧れた訳ではなくて、70歳頃の自分自身の姿に憧れて決めた。「頑固だが、楽天的なジジイ」になるためには、あと15年、ひたすらに身体を動かして、山の恵みを頂いて、「手で考える」ことのできる職人になること。それが、僕なりの「ホンモノ」になるための道だと思っている。
人の真似から始めようと、大した動機も無く始めようと、一旦自分が取り組んだことに対して、きちんと取り組んで、人の目など気にせず、まっすぐ進んで、自分のものにすれば、それが「「ホンモノ」だと思う。
自分への戒めとして、備忘録として。

見えないモノ

たまたま、カレンダーの一部がパソコンのモニターが邪魔で見えなかった。
僕はそれを見えないまま、見えないカレンダーの日にちを数えた。
僕の仕事は、見えないモノと対峙している。
木こり・・・その木がどんな木か、伐ってみないとわからない。単一樹種の人工林なら、樹齢は周りの木から想像がつく。 だけど、目(年輪の入り方)は伐ってみないとわからない。
炭やき・・・僕は「黒炭」をやいている。だから、窯の中は見えない。煙の出方、温度、匂い、味から窯の中を想像するしかないんだ。煙の状況と、その窯から出した炭の出来。その経験値を増やして、煙から中の炭を想像するしかない。窯を伏せて(密封して)、窯が冷めてから、中の炭を出してみた時に初めて、炭の良し悪しが見える。 だから、窯出ししてみないと、どんな炭がわからない。
木挽き(製材)・・・その木がどんな目か、挽いてみないとわからない。無節の無地材だと思って、面をつけるために少しずつ挽いてゆく。何回目かで節が出てくる可能性もある。また、目を切らないように挽いてるつもりでも、目が曲がっていれば、目切れしてしまう。目が真っ直ぐでなければ、挽いた後の柱は、目に沿って曲がってゆく。挽く前にある程度はわかるようになった。
けれど、挽いてみないと、どんな製品になるかわからない。

何でだろう?って考えてみたけど、結局生き物相手の仕事だ。相手にしているモノは、種類は同じ木でも、全て違う固体なんだ。違っていて当たり前。
難しい仕事だ。だから面白いんだと、前から思っていた。やってみなければわからないって、最高だ。
僕の残りの人生を捧げてもいい仕事だと思ってる。 まだまだ修行中。特に炭やきは難しい。75歳の師匠から、70歳でも小僧だと言われた。師匠でさえ、未だに満足したことは無いんだと言う。もちろん、僕もそうだ。毎回違う。同じ樹種を炭にしていても、毎回違う。それが面白い。 僕は、そんな簡単な仕事をしている訳じゃないんだ。
職人として、真髄を極めたいと思いつつ、師匠の教えを 守 破 離 してゆくんだ。それぞれ、明確な分岐点があるわけではなく、ある部分は「離」でもあるし、ある部分は死ぬまで「守」であるし、絶対に「破」をしない領域だってある。
生き物に対して、刃物を入れ、火を入れる。 たかが材料とは思っていない。命あるものを相手にしているんだ。山の恵みを頂いてる。
僕は 誰も見ていないところで「自在」をいとも簡単にやってのけてしまうような生き方をしたい。 だけど、やってみなければどんな人生になるかわからない。 行き当たりで生きているように見えて、実は経験値が増える度に、自信を持って対峙できるようになるんだ。
そして、それはいちいち人に言うことではなくて、自分の中で完結すればそれでいい。 それも「自在」だと思う。 「自由」は、お金があれば手に入るだろう。 「自在」は、自分の小さな成功体験の一つ一つが導くモノだと思うんだ。
誰かに評価してもらうことも大切だけど、もっと深く大きな意味が「自在」だと思うんだ。 自らを自らが存在させるための己との戦い。 誰よりも厳しく己を評価し、どこまでも深い自己愛で自分のやりたいことを貫き、自分のなりたい姿へ導く。
僕は大きな成功をしようとは思わない。もちろん、事業は失敗したくない。「稼ぎ」は必要だし、赤字では意味が無い。 けれど、それよりも小さな小さな成功を積み上げてゆきたい。「仕事」とは、そんなものだと思うんだ。

秋の夜長、稲刈り後の藁の匂いをかぎながら、十五夜の月を眺めながら、宇宙(そら)に想いを馳せながら、たわいも無く思い巡らせたこと。

分をわきまえる

今日は暑かった。力仕事をしていて、頭痛がしてきた。ヤバイと思って、水分摂って、早めに帰ってきた。ハンモックで昼寝して復活した。


ニュースでは大雨の復興。


僕には何もできない。


夕日を眺めながら、そんなことを考えていた。
だけど、僕にはまだまだ使えるこの身体がある。
今日の頭痛は、分をわきまえろということなんだな。


五体満足な身体と、
仕事と、
道具と、
場所と、
大切な人たちと
大切にしてくれる人たちと、
母なる大地に立つ足と、
この山村の空気と、
太陽のエネルギーと、
美味い水と、
自分で作った米と、
自分で採ってきた薪を焚いたときの光とぬくもりと、
僅かな知恵と、
小さな小さな誇りと、
ヒグラシの声


を与えられている。
この身体を使い切って働こう。
小さな幸せを積み重ねてゆこう。
誰かに見せるためでなく。
自慢などできなくても、自分を恥じないように。

何の人?

あるMLで、「風の人・土の人」というタイトルの文を読んだことがある。外から刺激を持ち込むのが「風の人」、それを実践するのが「土の人」という解釈だった。僕は「水の人・木の人」があるんじゃないかと思う。「水の人」は、高い所から低い所へ流れ、行く手を阻むものがあれば、簡単にルートを変える。でも、一旦海へ出ると、再び姿を変えて山に戻ってくる。「木の人」は、根を張り、黙ってその場に居続ける。誰も見ていなくても、静かにしかし、着実に根を大地に深く張り、梢を太陽に向ける。僕は「木の人」になりたい。しっかりと、大地に根を張り、母なる地球の養分をもらって、枝葉を拡げ、堂々と父なる宇宙(そら)の恵みを受け止め、それを自分の力で内部に蓄え、静かに存在し続けたい。

僕の師匠は、大きな木のような人だった。「木は偉いぞん」が口癖。一旦根を下ろしたら、もう動くことをしない。運命を受け止め、その境遇で生きる。生き抜く。僕はそんな師匠の生き様を見てきた。死んでなお、僕に生き様を見せてくれている師匠だ。僕も「大きな木」のような人になりたい。

誰も見ていない、誰も褒めてくれない状況でも、明るい日差しのときも、真っ暗闇でも、堂々と、真っ直ぐに上を向き、見えないところに根を伸ばし、いくら揺さぶりをかけられても倒れない。太陽と月と土と水と空気、自分を取り巻く全てのことに深く関わりつつ、己を貫きつつ、潔く自己完結しているような、悠久の記憶をその細胞に刻みながら、それでも今を精一杯生き抜く。そんな「木の人」になりたい。

山の民の知恵と精神

僕が山仕事に必ず持ち歩く「割打:カンブチ」。土佐の両刃ヨキで、金馬斧とも呼ばれ、背中に焼き入れしてあって、金槌としても使える。枝払い、伐倒するときの矢を打ったり、鎹を叩いたりする。

この「カンブチ」にはもう一つ、重要な役割がある。

片側に三本、もう片側に四本の線が彫ってあるのだけれど、三本線の意味は、「酒」「米」「塩」を表す(三本なので「三酒:みき」とも)。山にお供えを持っ て上がれないので、道具にそれを刻み、願いを託してあるのだ。僕はこのカンブチを必ず持ち歩くので、弘法様で「生」を入れてもらって、伐る前にこれを立て かけて、山の神に手を合わせるんだ。時間に追われ、うっかりそれを忘れて仕事したとき、病院へ行くほどの怪我をした。それ以来、必ずお祈りするようにして います。

四本の意味は、土(地球)、風(空気)、火(太陽の光)、水を表す。この星を見守り、司る神々たちのこと。その四つの神が山の木を育ててくれる。
もう一つ意味がある。それは「身(三)を避(四)ける」危険から身を守り、安全に仕事を終えることを願う意味だ。

山で仕事するってことは、大地の恵みを頂くということ。自然相手の仕事なので、自在(自分の在り方)をきちんと意識していないと、命を獲られてしまう気がしている。山はそれだけ恐ろしい。あるがままを受け入れるしかない相手なんだけど、その中に入って「仕事」をするのなら、時には負けない気持ちで対峙しないと、大怪我をするか、本当に命に関わる危険な状況になってしまう。

木こりは、山(地球)に対し、絶対的な敬意を払いつつ、それを踏まえた上で、立ち向かわなければならない。

昔から、道具に神々とお供えを埋め込んで、それを持ち歩き、コトあるごとに、それを掲げて祈りと感謝を捧げる。山の民の知恵と精神。

機械化されて、スケールとスピードが求められる山仕事の中にあって(それが悪いとは思っていないけど)、僕は相変わらず一本一本木に触れながら、声をかけながら、ゆっくりじっくりと山と対峙してゆきたい。

この、三本・四本の意味は深く、それを持つ山師の行いは崇高であるべき。僕はまだまだ、そんなレベルには達していませんが、その精神をつなぎたい。

嵐の前、僕を囲んでいる山々に想いを馳せながら、地味だけど、このやり方で頑張ってゆこうと、静かに覚悟を宿しているのです。

15年・・・

15年って、あっと言う間。僕は42歳でSEを辞めて炭やき職人の道へ入った。
炭やき修行はその前から続けていたけれど、すぐに収入になる訳もなく、一年くらいはガソリンスタンドでアルバイトしながら、山へ通った。その時、僕の心にあった言葉が「炭やきは地球を救う」という言葉。
これは、僕の師匠、斎藤和彦さんの師匠にあたる、杉浦銀治先生の言葉だ。
お2人は僕をこの道へ導いてくれた。斎藤さんはもう亡くなってしまったけど、僕の心と、僕が使っている窯にはまだ、魂を残してくれているんだ。
齋藤さんと銀治先生の教えは、今も僕の真ん中にある。
師走で忙しいはずなのに、ふと15年前はどんなことを考えていたのか?って想った。自分のブログを読んでみて思った。言ってることが変わっていない。
よく言えば、「ブレていない」。悪く言えば、「進歩が無い」
でも、「進歩が無い」でいいと思うんだ。僕は無愛想で偏屈だ。話も上手じゃないし、仕事もスマートに行かない。お金にも余裕が無い。
こんな僕でも、できることを愚直に続けるだけ。小さな小さな成功を積み重ねるだけなんだ。
15年前、こんなことを考えていた。

「地球を救う」・・・自惚れた言葉です。僕たちが地球を救える訳がない。人間ごときにこの母なる大地を救える力は無いのです。本当に地球を救えるのは、地球そのものの再生能力だけです。そんな事は初めから充分にわかっていました。それでも、地球を何とかしなければならないという心の声は日に日に大きくなるばかり。本当に「地球を救う」事になるのはきっと、私たちの子孫の時代でしょう。僕が今できる事は、先人たちが冒してしまった、自然の摂理から離れ歪んだ山林の実状を、少しでも元に戻す事。地球自身の再生能力の手助けをするだけ・・・
そして憧れる「マタギ」の考え方はこんな感じです。樹木には木魂が宿り、生物には霊が宿るため、この天地自然を守り支えるのは「山 の神」であり、峰々渓谷には神が宿るという山岳信仰を継承してきた。特にマタギ達は「自然のものは全て山の神が支配するもので、山の恵みは全て山の神から の授かりもの」として山の神を敬い祭りました。
 今でいう自然保護の掟を破ること、山を汚すことは神を冒涜することであり、受難につながるとして安全と健康を祈願しました。従って入山行動の始まりには、山の神の保護と豊穣を祈願する拝礼を行い、終了時に感謝の拝礼を行なって自然と人間の共存共栄を喜び合ってきた。そのとうりですね。全く、異論はありません。全てのモノに神が宿るというインディアンの考えにも通ずるものがあります。無宗教だが信心深い。僕もそうありたい。山で仕事をする時は、山の神に感謝しながら萌芽更新を促すような伐り方を絶えず考える。大切なのは必要以上に伐らない事。来年の事を考え、必ず残す事。長い目で見て、それも「地球を救う」事につながるはず。自惚れたこの言葉を敢えて使って、一歩ずつ進んでいこうと思います。

15年前、名古屋から三河の山へ通いながら、行き帰りの車の中でずっと考えていたんだ。

今は北三河の山村に棲み、現場も道具も、かけがえの無い仲間も与えられている。

15年で僕の体力は落ち、頭は薄くなった。多少は技術レベルも上がり、何とか食えるギリギリの収入も得ている。情けないけど、今月の収入で来月の仕事経費と暮らしを成り立たせるようなレベル。

でも、それも僕の生き方。

ほんの少し、メディアに取り上げられて、正直嬉しいし、自慢したいけど、それは一時のこと。やっぱり僕は山に入り、炭をやき、木を挽く。

金持ちになること、名を残すこと、誰かに勝つこと・・・

そんな欲を捨て去って、軽やかに、躊躇なく、山の懐で働ける喜びを味わいつつ、次の世代へ繋いでゆこうと思うのです。

僕が目指す「頑固で楽天的な爺」になるために。

山と向き合う

炭やきの僕と、木こりの僕は入る山が違う。
炭の原木は天然林、木こりは人工林。
先週、福井の鋸谷さんの山を見せてもらう機会があった。今まで、いろんなところで人工林の話を聞き、管理や手入れについて学んできた。KOA森林塾も通った。人工林に関する本も読んだ。森林組合でも学んだ。僕なりに、僕のスタイルが少しづつ、できてきたように思う。鋸谷さんから教えていただいたことで、それがクッキリとしてきた。今まで学び、実際に間伐をしながら経験してきたこと。それは現場ごとに違うけれど、あえて数値で示すなら1haあたり3000本植えられたスギ・ヒノキについては、最終的に(植えられて80年くらいで)、半分まで減らすことだ。樹冠を見て、葉っぱと空が半分見えるくらいに間伐する(樹冠占有率を50%にする)。
すると、相対幹距比は20に近づき、胸高直径断面積合計は1haあたり、30~40㎡に近づく。数値的な裏付けを持って、山主さんに間伐によるグランドデザインを提案する必要がある。何本伐ったら、何年後にこれくらいになる。それを具体的に示すのだ。
それで大切な山を任せてもらう。そして、責任を持って仕事する。伐った木は基本的に全ていただく。
どの木を伐るのか?それを選ぶときには感性を優先させる。まず生枝が多く、元気な木を残す。それ以外の木から伐る木を決めてゆく。僕の本当に一番大切な仕事は、木を伐って儲けることではない。
人間の勝手で植えられ、現状こうなってしまった山や森。少しでも、それを元に戻したい。人が植えた木々を伐ることで、母なる地球を救いたい。その一心だ。だから、僕の手では伐らない木もある。いい木は次の世代に残すんだ。次の世代、またはその次の世代の子孫たちが考え、決めること。僕たちには、それを残してやることしかできない。
適正に間伐をしたら、後は母なる地球に委ねる。その森が正常な状態に戻るのに、70年以上かかるだろう。人が植えた木々が占有する空を半分空けたら、後は自然淘汰される。
僕はその光景を見ることはできない。でも、それでいい。
自分で見られない覚悟はとっくにできている。
僕たちのじいちゃんたちが植えて、親父たちが止むに止まれず手入れを放棄し、それを僕たちが手入れし、次の世代が使うんだ。
子孫のために、僕たちの世代は残すと決めた木を伐らず、伐るべき木を伐ることに専念する。それが役目だから。
僕たちが伐る木は、お世辞にも「いい木」とは言えない。いわゆる小径木だったり、曲がり木だったり。そんな木だって、誰かが想いを込めて植えた木。
旬・新月期・葉枯らし・丁寧な製材に拘って、真面目に仕事して、それで食わせてもらう。
僕は山の恵みで生かされているということだ。生き物を相手にするのだから、生きている木の命を絶つのだから、タイミングと方法には気を使う。それが母なる地球と、父なる宇宙(そら)の動きを感じながらの木こりなんだ。
自分勝手に植えてしまった人間側の責任なんだ。活発な夏の間の活動期を過ぎ、静かな冬支度を始めた頃に始まり、暖かくなって活動期の準備を始める頃まで。それが伐り旬。
生き物たちのバイオリズムは、月の重力と密接な関係にある。新月の頃、その営みは静かな下降ピークを迎える。そのタイミングで伐る。
すると、木の中のでんぷんが少ないので、腐りにくく割れにくい材になる。
伐った木は、枝葉をつけたまま、森の中に数ヶ月置く。その木が生きてきた森で、蒸散作用によって静かに、次の役目を担うために乾きながら、枯れながら、しかし決して死んでしまうのでなく、変化してゆく。それが葉枯らし。
その木々を、その木の年輪を見ながら、木を楽にさせてあげるようなラインで挽く。それが、誰かの「命の箱」になる。何世代も使えるような「命の箱」に。
一生懸命生きてきた木々に、次の命を吹き込むような、僕はそんな仕事をしたい。木挽きも炭もそうだ。自慢話でも何でもなく、これが僕の生き様みたいなモノ。儲からず、愚鈍で、汚れた作業着に、孤独な作業。けれど、名も無き山の神と、お天道様に見守られて、誰に何と言われようと、これを続ける。
僕の手の届く範囲で、小さなことを積み重ねることしかできない。「まだ見ぬ子孫のために」

それだけはハッキリと言える。カッコ悪くても、薄汚れた服を着ていても、金はなくても、充実している毎日と、未来への希望。「まだ間に合う」そう信じて・・・・ノートに書くことはくどくて長い文章です。誰かが共感してくれたら嬉しい。誰も共感してくれなくても、これを書くことによって、僕の覚悟が深まります。ブログとも連動させています。読んでくださり、ありがとうございました。

理想的な人工林の姿。加子母の森です。
理想的な人工林。加子母の森です。