夏至を迎えて

梅雨らしい天気だ。外仕事はキャンセルして、落ち着いていろいろ終わらせた。田んぼも水がたっぷりで落ち着いて見える。

何より、今日も誰とも会わずに自分の段取りで動けることが幸せ。

僕が大切に思ってる人が、職場上司の理不尽な我が儘をぶつけられて、すごく嫌な思いをしてることを知り、話を聞くことしかできなかったけど、「心が随分軽くなった」と言ってもらえた。その人本来の強さに、自分で気付いてもらうのに、ほんの少しだけ役に立てたようだ。

工場で少し仕事して、昼飯ついでに家に戻ってきて、1時間ほどハンモックで昼寝して、今はこんな時にしかできない、地域への提案書を作り始めてる。

誰かに指示された事でもない。地域から依頼された事でもない。僕が勝手に考えている事を形にしようと思う。この提案の先には、当然だけど僕のメリットになることを描いている。実質的な利益になるのはずっと先だし、僕には直接利益にならない事かもしれないけど。事業と絡む話。

すぐに稼ぎにはならないから「仕事=ライフワーク」として意識する。

僕は個人事業主の職人だから、自分にメリットのある事しかしない(それしかできない)。そのメリットとは、承認欲求を満たす事や目立つ事ではない。自分で営業して、高めの見積もりして、仕事して、請求して回収して、経費(ほとんどがチームで頑張ってくれた人への支払い)を払う。残りは僅かだけど、生活するのには充分な額。これは生きるための真剣勝負だ。小銭を熊手で少しずつかき集めるような生き方。

「仕事=ライフワーク」と「稼ぎ=ライスワーク」の狭間でもがいているオトコのアウトプット。

脱サラした時から貫いている事それは、自分のやりたいことをやる。結果的にそれが、誰かの役に立つならとても幸せな事。ちょうど、花は咲くために生きていて、それが結果的に役に立っている。「愚直に生きる事」を生業にしたい。世の為人の為なんて、そんな事をする余裕なんて無い。

自分の生き方を自分で押し進めてゆく覚悟みたいなもの。組織に守られた薄っぺらい正義感で、机上の理想論をどや顔で語るような、遊び半分の活動家たちとは全く違う立ち位置。

今日、工場でいろいろやっているとき、無性に裸足で地面に立ちたくなった。幸いな事に僕の工場の真ん中は舗装されておらず、大地が出ている状態。そこを裸足で歩きつつ、足裏に意識を集中する。靴を履いていると気づかないけど、大地を直接踏むと、地球は同じチカラで押し返してくる。たったそれだけの事なんだけど、何だか嬉しくなる。僕は大地に近い場所で汗を流す事こそ、尊いと信じている。だから一次産業に身を置いている。

活動家たちと違うのはそこだと思うんだ。僕の考えは、地域には本業で貢献すべき。そして、その仕事は大地に近ければ近いほどいい。もちろん、そうじゃない仕事を否定したりしないけど。

誰とも会わず、自分の本業をしながら、大地を踏みしめる。

ホントに儲からないけど、豊かな気持ちになれる。

明日は夏至で、太陽と地球の位置関係において、とても大事なポイント。明日を境に、少しずつ陰へ転ずる。陰とは、悪い意味では無くて、樹木で言えば強い冬目を作る時期になるという事。

余談だけど、夏至の頃が最も太陽エネルギーを強く、多く受けているんだけど、一番暑くならないのは、この地球そのものが蓄熱の過程にあって、約1カ月後にその熱が放熱に転じることで、北半球が最も暑い時期になる。そのスケールと大宇宙の営み。

ホントに人間関係で悩んだり、凹んだりするのって小さな事。相手の不機嫌は相手の問題。離れてゆく人とはそれだけの縁。

僕はいつも、大宇宙にぽっかり浮かんで、堂々と回転しているこの星を想像する。その表面にくっついてるだけの、ちっぽけなニンゲン共の右往左往している様が、何だか面白いなって思う。

投稿者: 炭やき人

北三河木こり人、北三河炭やき人、北三河木挽き人

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