自慢です


ジブリの鈴木敏夫さんが旭に来て下さって、いろいろと話をさせてもらった時の様子が、ジブリ汗まみれというFMの番組で流れました。
僕の人脈ではありません。大工の中村武司さんが連れてきてくれました。
家宝ものの録音です。
バックナンバーから、2015年8月17日をダウンロードしてお聴きください。

年が明けて・・・

年が明けて、いろいろと決意やら、追われている仕事やら、気忙しい毎日。

ずっと前にノートに書いたこと。

「いくら浄化に贅を尽くしても

私たちは山が水を生むようには美しい水を生むことはできない

 とどのつまり、水を守るには山を守るしかない

 そして、その山を守るには、山を守る人を守るしかない」

僕の生涯の師匠である斎藤和彦から受け継いだ言葉だ。

今年は大きな変革だ。お金も使う。ありがたいことに、製材機移転と乾燥機設置には何人かの人からの、心から嬉しい申し出をいただいた。

自分の事業のことなので、全て自分だけで何とかしようと思っていた。それが男として、当たり前だと思って無理をしようとしていた。時々、ふとこの師匠の言葉が脳裏を廻る。

僕の目標は、愚直に山を守ること。

そんな僕を守ってもらえるような、真正直な仕事をすることも大切な仕事だと思うようになった。

独りで頑張らなきゃいけないけど、1人では何もできない。

58歳になろうとしているこのおっさんが、まだまだ働ける。そのありがたみも身に染みるような出来事が教えてくれる。

派手でカッコイイことはできない。小さなことを積み上げることしかできない。それが僕のスタイルだと静かに主張できるようになった。

「僕はこの仕事しかできないけれど、この仕事は僕にしかできない」

誰かと比べれば、やってることは中途半端でショボイ。

だけど、全く引け目や惨めさはないんだ。同年代の誰よりも貧乏だけど、この道で何とか食えてる。

稼ぎと仕事の狭間でもがくこともあるけど、半分諦め、半分開き直り。

まあこれでいい。

今年の抱負は「ほんの少し、人の情けに触れながら前に進む」ということにした。

と、去年の同じ日に投稿したんだけど、今年も同じ日に同じ投稿をします。それは、今年も竹さんがこの記事をシェアしてくれたから。

毎年、年が明けてすぐ。同じ決意を確認できることが嬉しい。変わらず頑張っています。一気に前にも進んでいないけど、ほんの少しだけ、前に進んでいます。

あらためて、今年もよろしくお願いいたします。

成功って・・・

人それぞれ、価値観が違う。当り前だ。

人それぞれ、成功の感じ方も違う。

以前(20代~40代前半)の僕は、野望に燃え、大成功を勝ち取ることが目標だった。40歳でフェラーリに、50歳でジャグアに乗るって決めてた。誰かに負けたくなかったんだ。

今は明らかに違う。

今は「小さな成功を積み重ねること」が自分の人生を成功に導くのだと、確信している。

志の高い人ほど威張らない。これは宇宙の法則だ。

小さな事を大袈裟に言い、人の悪口しか言わないオヤジがいる反面、ただひたむきに土と向き合い、疲れた都会の人たちが田舎で見せる笑顔を糧に生きる人もいる。

大きな成功や金儲けを目的にしていると、大切な事を見失うようだ。

こんな話をすると、「お前は甘い」と嘯く人もいる。構わない。言わせておこう。

その人は僕に勝ったつもりでいる。僕には関係無い。勝たせておこう。

そもそも、そんなことで本当の勝負はついちゃいない。

内山節さんの話は、僕を更なる山奥へと誘(いざな)う。自然環境を含めた集落単位でモノを考える。その根底には流域思想。

そのとおりだと思う。

僕自身が、密度を増しながら、穏やかに自分の目指す場所に向かって集束している。

うん。これでいい。それだけは自信を持って伝えることができる。

名も無き山に棲む神たちに見守られている。それを魂の奥で感じられるだけで、成功したようなものだ。

LA COMUNITA

僕の仕事は、木こり・炭やき・木挽きだ。
元々、炭やき職人になりたくて、30代後半で修業し、40代前半で脱サラしてこの道に入った。
それは、定年後とか、余裕ができてから修業しても間に合わないとわかっていたから。生業として山仕事を覚えるには、40代で独立できるくらいのスキルを身に付けなければ生き残れないって思ったから。
しかし、そんなに甘くない。炭やきだけで食っていくのは無理だった。だから、請けで伐採したり、製材したり。炭をやくには、木を伐り、出し、運び、割ることが必須だ。
だから木こり仕事も修業した。
僕の本業中の本業は「炭やき」です。もちろん、木こりも木挽きもプロとしてやっています。木こり仕事や製材仕事は、僕の他にもたくさんプロがいるし、僕はプロとして最低限の能力は持っているけど。特別すごいスキルを持っている訳ではない。
けれど、炭やきに関しては違う。そもそも、同業者というのが近い場所には居ない。窯を打てて、ちゃんとした炭を出せる人間は多くない。僕は炭やき職人として、(誰とも戦わないけれど)誰にも負けない。
僕がやいた炭を使ってくれているプロの料理人がいます。名古屋一社の「La Comunita(ラ・コミュニタ)」の大森シェフだ。彼は「僕の肉料理は杉野さんの炭無しでは語れない」と言ってくれる。一流の料理人にそう言われることは、最大の誉め言葉なんだ。実際、何度か彼の炭火焼き料理を食べたけど、僕の炭を使って、こんなに美味い料理ができるんだと驚いた。
その「コミュニタ」が、ジビエポータルサイトで紹介されている記事を大森さんから教えてもらい、シェアの許可をもらったのでシェアします。
名古屋近郊のみなさん。是非、僕の炭を大森シェフが使ってくれた料理を食べに行ってみて下さい。詳しくは、シェアした記事をご覧ください。

何軒か紹介されているけど、名古屋の「LA COMUNITA」です。よろしくお願いいたします。ジビエに関するポータルサイト「ジビエト」。ジビエを今よりほんのちょっとでも身近に感じていただくために、ジビエのコース料理やランチを扱う飲食店情報・イベント情報から被害状況・対策までジビエに関する様々な…gibierto.jpジビエポータルサイト「ジビエト」 -おいしく活かす、森のごちそう-ジビエに関するポータルサイト「ジビエト」。ジビエを今よりほんのちょっとでも身近に感じていただくために、ジビエのコース料理やランチを扱う飲食店情報・イベント情報から被害状況・対策までジビエに関する様々な…

58歳

58歳になりました。まだまだ志半ばの半端者です。去年の大怪我から約10カ月。ハスクのヘルメットをしていなかったら、今年の誕生日は墓の中で迎えていたことでしょう。
右手の痺れと痛みは続いていて、いろいろと思うところもありますが、今立っているこの場所で、相変わらずのことを続けてゆきます。
小さな成功を積み重ねることしかできません。
まあ、自分のしていることを世に問えば、人はああだのこうだの言いますが、それらを聞き流し、人からどう見られるか?でなく、自分がどうありたいか?を問い続けてゆきます。
これからもよろしくお願いいたします。

市井(しせい)の・・・

市井(しせい)という言葉がある。僕は名も無き職人の魂だと理解している。金・地位・買名。それらの欲を抑え、ひたすらに自分の仕事をやり遂げること。誰かに評価されることを期待せず、徹底的な自己評価によって仕事を全うする姿勢。
市井の炭やき・木こり・木挽きになりたいと心から思う。
僕が目指すのは、名も無き山守。日々消えゆくものを愛おしみ、大切にするような生き方。自分がどうありたいか?だけを自らに問い、例え独りきりでも、堂々と、悠々と進むんだ。
誰も見ていないからこそ、美学を貫くような、そんな生き様を貫いて、僕は頑固で楽天的なジジイになりたい。
そして、できるのなら、最後に関わった山にこの身体を捧げてから星になりたい。
けど、現実はそうはいかない。欲を捨てきれず、人に認められたがり、怒りを抑えきれず、みっともない姿を晒している。せめて、自分の過去に爪を立て、明日に向かって吼えたいんだけれど・・・・

ゴジラとガメラ

58年かけて、ゴジラとガメラ全作品を観てきた。大好きなんだ。なぜこんなにゴジラとガメラが好きなんだろうって考えてみた。最初のゴジラは恐怖の権化、戦争の深い傷跡が残る人たちに、人間がそれを抹殺できることを描いていた。実はガメラも同じだ。ゴジラもガメラも、最初は(僕が生まれる前)恐怖の象徴として描かれ、次に人類の味方としてちょっと軽薄な感じに。それはそれで、子供だった僕の心を掴んだ。ゴジラもガメラも、単独で現れる映画は恐怖の悪者として、対になる相手のいる時は絶対に負けない、強さの象徴。単なる娯楽映画とか、ヒーロー物とは違う、何か惹かれるモノがあったことは確かだ。この年齢になっても、まだ観たい。ゴジラもガメラも、平成になる直前くらいから、明らかに路線が変わってきた。というより、戻ってきた。ストーリーはよく練られており、理論や現象に破綻は無い。

映像はリアル。特撮やCGは徹底的に造られている。

要は、大の大人たちが寄ってたかって、真剣に仕事をした結果なのだ。ウルトラマン世代の僕にとって、それがたまらない魅力なんだ。

「自然」というのは大きくて、厳しい存在である。種としての人類の命など、何のためらいも無く奪う。それをゴジラやガメラに投影して描いてる。それは、映画監督たちのインタビューなどでハッキリしている。今回のゴジラは、それらの集大成であると同時に、エンターテイメントとして、次につなげている。見事に。人類が地球にダメージを与えた結果(例えば核の乱用)生まれた脅威と戦う正義の味方を描いていながら実は、ゴジラやガメラが本当に戦う相手は、地球に対しての脅威である。つまり、これ以上人間たちが地球に対して良くないことを続けたら、今度は僕たちが潰されるという刷り込み。それは子供たちの方がより、潜在意識に刻まれるだろう。調子に乗りすぎていると、恐ろしい怪物が襲ってくるから、正しいことをしなさいという教えだ。今回のゴジラも同じだった。監督のインタビュー記事で、とても興味深い言葉があった。「自然というものが再び王冠をかぶっている世界。人類はふたたび自然に従属する存在にならねばならない」大地(土)・空気(風)・太陽光(火)・水 これらが無ければ、生きてゆけない。作り手が、真剣な想いを込めて描いた怪獣映画だ。それを理解した上で、もう一度映画館で観てこようと思う。一次産業に身を置く僕だ。環境に対しての配慮もしなければならないし、僕なりの、「自然」に対する「畏敬の念」や、「環境」を大切にしたいという気持ちも大切だ。

石油製品や、電気、水道も無ければ生きられない。太陽の光以外は、全て地球の恵みだ。

やっぱりそこをしっかりと心に留めて、山と対峙したいと思う。大好きなゴジラやガメラに潰されることの無いように。

木に対する想い

https://www.youtube.com/watch?v=7kHZ0a_6TxY


人間は、山に対してもっと謙虚になる必要がある。木は移動して逃げることができない。そこにいて立ち向かうだけ。
 僕の師匠は大きな木のような人だった。「木は偉いぞん」が 口癖だった。一旦根を降ろしたら、とことん、そこで生き続ける。何十年も。何百年も。僕もそんな「木のような人」になりたいんだ。この動画。パタゴニアが作ってるから、それを前提で観てみる。
「木は会話する」のスーザン・シマードさんが出演されている。愚直な観察と深い考察。明瞭な解説。冒頭からドライでアカデミックな話に引き込まれる。途中、日本人の残念なコメントに少々ガッカリしながら。
僕は木を擬人化して、「木はあなたを嫌いとは言わないから」などとは言いたくない。木や山は、そんな存在ではないと思う。もっともっと崇高で、人間なんか比べることもできないくらいの存在だと思う。
同列に並べるなんて、おこがましい。僕は原生林のガイドもするけど、毎回楽しみにしていたミズナラがあった。僕はそのミズナラに会いに行ってたんだけど、そのミズナラは僕のことなんて相手にもしていないんだ。圧倒的な片思い。絶対的に届かない距離。
それは人間が木と付き合う前提だと思う。森を造るだとか、森を再生する、山を管理するなんて、そもそも無理なんだ。それは神の領域です。
人が植えた木を、人が伐って利用するくらいしかできない。あと、多少の天然木を頂く。その他の植物は、人間のためにあるのでは無い。今日の午前中、僕が所有する(固定資産税を払っている)足助の山(2町歩)で、市有林との境界調査に立ち会った。約50年前に植林されたスギとヒノキの人工林。急な斜面に岩場だらけ。ここでも木は会話しているのだ。
僕の山も、設楽町の原生林も、この動画に出てきたブリティッシュコロンビアの森も、全部同じだ。山には神が棲む。どんな小さな山の頂にも、神は棲む。そして僕たちを見守っている。

この動画は、そんなことを考えさせてくれた。特に、20分過ぎのスーザンの言葉は深く染みる。映画アバターでも描かれていたような、大地そのものが叡智であるということ。毎日山の懐で暮らす僕だけど、もう一度、もっと静かに、深く山と対峙しようと思ったのです。https://www.youtube.com/watch?v=Bh7-y5KGxDQ&
feature=share&fbclid=IwAR3CIuwVeQq75iRKjcQISfl4cvmzN0TT_JsL7Nq-Fv-xMrC4Pe6VA8TMLG0�youtube.com『treeline(ツリーライン)』:パタゴニア静かに、辛抱強く、生き存える木々は、地球に住む私たちが知る最長寿の生命体です。彼らは避難所や燃料を提供してくれる仲間であり、ときには神のような存在で…

ホンモノ・ニセモノ

随分前、僕がまだジネッタを所有していた頃だ。たまたま、猿投グリーンロードのパーキングで、古いジネッタと遭遇した。同じ車に乗る者どうし、すぐに話が始まった。その時「これはホンモノですから」と、自慢げに言うそのおっさん。僕が乗っていたのは、リ・プロダクトモデル。1962年にデザインされたその「G4」という車は、一度生産打ち切りになった。その後、同じ生産者が、昔の型を使ってもう一度、1996年に造り直した車だった。もちろん、僕のも「ホンモノ」だったんだ。
そのおっさんは、1965年のモデルだと言っていた。オリジナルに忠実で、ピカピカに磨き上げられていた。走り方もゆっくり。「スポーツカーは走ってナンボでしょう。サーキットとか行かないんですか?」と聞いた僕に対して、「そんなことしたら車が痛む。売るときに安くなっちゃう」と。
僕は、オリジナルを尊重しつつ、自分で手を入れていた。それは、サーキットを気持ち良く全開で走れるような手の入れ方。アクセルを踏んでいる方が安定するタイプのマシンだった。当然、走るために生まれてきた車だ。だから、僕はサーキットに通っていた。おっさんは、投資対象として、自分の車を見ていた。だから、そんなおっさんに自分の車を「ニセモノ」扱いされても腹は立たなかった。同じ車を所有していても、価値観が全く違う。だからそれは良い悪いじゃなくて、単に違うということだから。
そのおっさんも、僕も正しい。そして、どちらの車も「ホンモノ」なんだ。
「ホンモノ」と「ニセモノ」の違いって何だろう?
車で言えば、レプリカモデルというのがある。中身は違うのに、外観を作り変えて、「ホンモノ」に近づける手法だ。たいていの場合、すぐにバレる。
僕は、それだって「ホンモノ」でいいと思ってる。その車のオーナーが、憧れている車は手に入らないけど、外観だけでもそれに近づけて大切にしたいと願うんだ。そのオーナーにとっては「ホンモノ」である。機械としての能力だって、車に関しては、オリジナルのノーマルよりも、レプリカでチューニングした方が良くなることはある。
人も「ホンモノ」はある。僕の周りにも明らかに存在する。
僕が見た「ホンモノ」たちはみな、目つきがいい。総じて、外観には無頓着だけど、不潔感は無い。そして、そのほとんどが職人と言われる人たちだ。自分と誰かを比べて「良い・悪い」を判断しない。あくまでも、自分の中に価値基準があって、それを守るんだけど、融通を効かせて、柔軟に対応している。
自信に溢れているから優しい。しかし、頑固だ。
僕もそんな「ホンモノ」になりたい。まあ、なりたいと思っているうちは、まだまだ「ホンモノ」では無いということ。それはハッキリと自覚している。
僕が炭やき職人になろうと思ったのは、誰かに憧れた訳ではなくて、70歳頃の自分自身の姿に憧れて決めた。「頑固だが、楽天的なジジイ」になるためには、あと15年、ひたすらに身体を動かして、山の恵みを頂いて、「手で考える」ことのできる職人になること。それが、僕なりの「ホンモノ」になるための道だと思っている。
人の真似から始めようと、大した動機も無く始めようと、一旦自分が取り組んだことに対して、きちんと取り組んで、人の目など気にせず、まっすぐ進んで、自分のものにすれば、それが「「ホンモノ」だと思う。
自分への戒めとして、備忘録として。

見えないモノ

たまたま、カレンダーの一部がパソコンのモニターが邪魔で見えなかった。
僕はそれを見えないまま、見えないカレンダーの日にちを数えた。
僕の仕事は、見えないモノと対峙している。
木こり・・・その木がどんな木か、伐ってみないとわからない。単一樹種の人工林なら、樹齢は周りの木から想像がつく。 だけど、目(年輪の入り方)は伐ってみないとわからない。
炭やき・・・僕は「黒炭」をやいている。だから、窯の中は見えない。煙の出方、温度、匂い、味から窯の中を想像するしかないんだ。煙の状況と、その窯から出した炭の出来。その経験値を増やして、煙から中の炭を想像するしかない。窯を伏せて(密封して)、窯が冷めてから、中の炭を出してみた時に初めて、炭の良し悪しが見える。 だから、窯出ししてみないと、どんな炭がわからない。
木挽き(製材)・・・その木がどんな目か、挽いてみないとわからない。無節の無地材だと思って、面をつけるために少しずつ挽いてゆく。何回目かで節が出てくる可能性もある。また、目を切らないように挽いてるつもりでも、目が曲がっていれば、目切れしてしまう。目が真っ直ぐでなければ、挽いた後の柱は、目に沿って曲がってゆく。挽く前にある程度はわかるようになった。
けれど、挽いてみないと、どんな製品になるかわからない。

何でだろう?って考えてみたけど、結局生き物相手の仕事だ。相手にしているモノは、種類は同じ木でも、全て違う固体なんだ。違っていて当たり前。
難しい仕事だ。だから面白いんだと、前から思っていた。やってみなければわからないって、最高だ。
僕の残りの人生を捧げてもいい仕事だと思ってる。 まだまだ修行中。特に炭やきは難しい。75歳の師匠から、70歳でも小僧だと言われた。師匠でさえ、未だに満足したことは無いんだと言う。もちろん、僕もそうだ。毎回違う。同じ樹種を炭にしていても、毎回違う。それが面白い。 僕は、そんな簡単な仕事をしている訳じゃないんだ。
職人として、真髄を極めたいと思いつつ、師匠の教えを 守 破 離 してゆくんだ。それぞれ、明確な分岐点があるわけではなく、ある部分は「離」でもあるし、ある部分は死ぬまで「守」であるし、絶対に「破」をしない領域だってある。
生き物に対して、刃物を入れ、火を入れる。 たかが材料とは思っていない。命あるものを相手にしているんだ。山の恵みを頂いてる。
僕は 誰も見ていないところで「自在」をいとも簡単にやってのけてしまうような生き方をしたい。 だけど、やってみなければどんな人生になるかわからない。 行き当たりで生きているように見えて、実は経験値が増える度に、自信を持って対峙できるようになるんだ。
そして、それはいちいち人に言うことではなくて、自分の中で完結すればそれでいい。 それも「自在」だと思う。 「自由」は、お金があれば手に入るだろう。 「自在」は、自分の小さな成功体験の一つ一つが導くモノだと思うんだ。
誰かに評価してもらうことも大切だけど、もっと深く大きな意味が「自在」だと思うんだ。 自らを自らが存在させるための己との戦い。 誰よりも厳しく己を評価し、どこまでも深い自己愛で自分のやりたいことを貫き、自分のなりたい姿へ導く。
僕は大きな成功をしようとは思わない。もちろん、事業は失敗したくない。「稼ぎ」は必要だし、赤字では意味が無い。 けれど、それよりも小さな小さな成功を積み上げてゆきたい。「仕事」とは、そんなものだと思うんだ。

秋の夜長、稲刈り後の藁の匂いをかぎながら、十五夜の月を眺めながら、宇宙(そら)に想いを馳せながら、たわいも無く思い巡らせたこと。