ネ イティブの言葉を紐解いていくと、生きとし生けるもの全ては対等であり、全ての生き物は地球からの恩恵で生かされているとある。僕も心からそう思う。人間 だけがこの星の住人ではない。むしろ、人間以外の生き物の方が多いのだ。そもそも、人間は食物連鎖に組み込まれていない。人間は消費するだけだ。生産して いるように見えても、それは地球の恵みを頂いているに過ぎない。ひたすら、他の種を漁り、無駄な殺戮を繰り返し、地球を痛めつけ、自分たちだけが快楽に酔 いしれている。快楽のために他の命を奪うのは、人間だけだとされる。
46 憶年の間、地球という惑星が育んできた資源を、あっと言う間に使い果たしてしまった。自らの身体を他の生物に捧げない動物は人間だけだ。生態系ピラミッド からも外れている。人間の自惚れが、自分本来の居場所すら奪ってしまったことを考え直すべきだ。人間が動物だった頃、地球は穏やかでとても豊かだったはずだ。
人工林問題。 これは国としての大失敗だ。大造林政策と呼ばれる昭和の大失態。しかし、実際に山に木を植えたのは、里山に暮らす平凡な山の衆であった。孫に少しでも財産を残そうと、歩いて何日もかかる山奥にまで植林したのだ。そんな祖先の偉業を悪く言えない。
植林するときは、間引きを前提として多く植える。その間引きをしてこなかった世代の責任なのだ。高度成長と呼ばれる幻を必死で追いかけるうちに、一時の快楽に惑わされているうちに、見向きもされない山の木は物も言わずにひしめき合った状態で成長を続けた。
毎年患者が増えている花粉症は、人間が作り出した悪魔だと思う。末期的な状況が近づいている人工林では、木々がその危機感から子孫を多く残そうと、異常な量 の花粉を作り出す。天然林であれば必要の無い数の花粉が宙を舞う。人間の愚行は、自分たちの健康被害にまで及んでしまっている。
結局、自分の首を自分で締めるような行いをしている人間たちだけれど、僕はまだ間に合うと思う。いまから始めれば、きっと間に合う。「地球は子孫から借りた もの」という言葉を信じ、自分たちにできる小さな事から始めて、微々たる力を結集していけば、何世代か後の子孫たちは救われると思う。CO2の問題もそう だ。排出量を減少に転じる事ができれば、30~40年でかなりの部分は元に戻るそうだ。
僕は毎日山で暮らしている。都会からやってきたIターン者だ。だからこそ、より敏感にわかる。「自然の中の不自然」
人工林の中に入った時の不気味さがそれだ。コンクリートで囲まれた都会では感じられないくらいの薄気味悪い変化を感じる。人間の驕りが骨身に沁みてくる。植えてしまった木は大切にしなければ。一旦手を入れた森は、責任を持って手を入れ続けなければ。それが難しいのなら、間伐して、木を半分に減らすことから始める。
林内を片付けたら、後は母なる地球に任せよう。広葉樹を植えたりしてはいけない。どこに、どんな植物が生えるのか?それは神の仕事だ。埋土種子と土着菌が太陽の光で活発に動く。そんなきっかけを与えたら、後は大人しく待つのだ。30年も待てば充分だろう。逆に、それが待てないのなら、森林環境の事を口にする のを止めるべきだ。森の時間は、僕たち人間の時計で計れるような時間ではない。森の時計は優しく、ゆっくりと進む。
自然とは、地球を含む宇宙そのものだ。母なる大地、父なる宇宙(そら)、滔々と流れを止めない子孫たる水。
そろそろ考え直さないと本当に取り返しがつかないところまで行ってしまう。
僕たちにできる事は小さな事だ。今更便利な生活を捨てる事はできない。現実的に、クルマや携帯電話、パソコンが無い生活は送れない。だが、昔の里山に暮らし た人々の知恵をもう一度学び、化石燃料に依存したエネルギー消費を少しづつ減らす努力は必要だと思う。山の恵みに感謝しつつ、エネルギーを使わ せてもらう。
近いうちに必ずやってくる、人口減少を発端とする右肩下がりの世の中。消費するためだけに生産するような愚かさから目覚めて、昔ながらの穏やかな生活に戻る こと。結局、それが一番上品でカッコイイ生き方なのだ。本当に豊かな暮らしとは、昔ながらの里山暮らしであると、僕は確信を持っている。
どんな種であろうと、自然をコントロールできる訳が無い。それなら、人間も動物の一種に過ぎないと、地球の恵みに感謝しつつ、質素に暮らす事が、何よりも大切な子孫の為に僕たちができる事なのではないだろうか。その暮らしの中で重要なのが「火」だ。薪や炭といった、「火の文化」を復活させることである。
「CO2固定」という、地球のための炭(燃やさない炭)と、「火の文化」をもう一度見直し、暖かくて癒される薪炭を復活させて暮らしを豊かにする炭(燃やす炭)の両方を、この地球の為に作り続けることが僕の生涯を賭けた仕事なんだ。
僕たちの存在は、それ以上でも、それ以下でもない。本来の姿で子孫に地球を返す事が、僕たちの目標であり、幸せであると思う。
それを目指し、ひたすらに黙って炭をやき、山を守り、水を守る。
名も無き緑の防人になる事。それが僕の望みだ。
月がキレイな空を眺めながら想う。